マラソン日本最強は瀬古か中山である

1ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/18(土) 20:26:53.50ID:5Pxcm8Tw
まあ、そういうこっちゃ。

2ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/19(日) 07:59:39.41ID:5ep6HNhu
1980年代は活躍してたからな

3ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/19(日) 09:16:03.24ID:ask2Pvhm
世界最強だった時期もあるような気がする

4ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/19(日) 09:58:08.25ID:CA/2gXYL
森下は銀メダルだが韓国人に負けたから評価されなかった

5ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/19(日) 14:02:03.72ID:9SXkZzsU
韓国はたまに強いやつが現れる
孫基禎・・・金
南昇竜・・・銅
※当時は日本の植民地支配下にあったので日本人メダリストにはなってるが、韓国で育ってその地で練習したランナー。
Sohn competed under the Japanese name Son Kitei, as Korea was under the colonial rule of the Japanese Empire during his career.[3]
wiki-https://en.wikipedia.org/wiki/Sohn_Kee-chung

6ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/19(日) 17:47:16.08ID:vpGPA2NK
韓国は日本に対して植民地支配が有ったからな

7ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/20(月) 14:58:09.97ID:HSi/UC8f
>>6
かもりも植民地や。

8ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/20(月) 17:23:18.34ID:iStMyfp2
↑意味不明

9ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/20(月) 22:59:03.51ID:0WzH52rY
工藤一良という選手を覚えていますか?
ソウル五輪選考会の福岡で日本人3位になりながら陸連が欠場した瀬古を救済したため犠牲になった選手です

10ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/21(火) 07:59:34.83ID:sWhRmQUy
瀬古氏はマラソン界の重鎮だ。

11ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/21(火) 12:15:33.86ID:kCUfrcLw
>>8
ちんぷんかんぷん

12ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/21(火) 12:53:22.94ID:3KZA5rVB
>>9
青森の名久井農高時代の78年に全国高校駅伝の1区で区間賞を獲得した選手ですね。
その時、胸差で2位になったのがのちのビッグネーム・小林高校の谷口浩美。
この年、小林高校が全国高校駅伝2連覇。

13ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/22(水) 01:25:29.71ID:QRj6scRV
ソウル五輪で中山4位瀬古9位に終わった時に解説者の宗茂はこうつぶやいたという
「(暑さに強い)谷口が出ていたらな〜」

14ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/22(水) 06:00:02.11ID:WCyplQa2
瀬古vs谷口は、そう言えば一度も実現していない。

15ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/24(金) 08:13:45.56ID:tYZuCUCY
縁がなかった。
逆にマラソン3回の森下は全部、中山竹通と一緒だったし。

16ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/24(金) 08:53:14.18ID:MWV4ZxnO
>>11
何それ?

17ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/24(金) 09:40:58.23ID:qREdIWSW
>>16
かもちんやん

18ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/24(金) 12:31:45.40ID:Dev2+XP5
↑何あれ?

19ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/24(金) 21:43:02.20ID:j1Ji0Vzw
>>18
あんたやん

20ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/25(土) 08:06:35.12ID:8wpZUpeI
↑誰に言ってんだ?

21ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/25(土) 17:07:15.86ID:3p8xZkha
>>20
君よ

22ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/25(土) 18:23:35.24ID:lqAIrGAA
↑名前は?

23ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/26(日) 08:58:02.77ID:VzDDEK/i
瀬古竹通

24ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/26(日) 13:41:42.37ID:v6SBftvV
>>22
有る

25ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/26(日) 19:08:39.01ID:psDqKGom
中山利彦か・・・・

26ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/27(月) 07:53:43.58ID:LIyOljU0
>>24
言えよ

27ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/27(月) 08:19:42.46ID:SMT5DqQG
>>26
言わない

28ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/27(月) 12:48:53.31ID:1uk13LR/
瀬古と中山の共通の好敵手は、ジュマ・イカンガーかな、やっぱり。

29ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/27(月) 23:40:49.30ID:De//hQHQ
ロス五輪金メダルのカルロス・ロペスはその後世界最高記録も作ったが
東京国際マラソンの途中棄権が現役最後のレースになってしまった
イカンガ―とアーメド・サラとアベベ・メコネンの印象が強い

30ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/28(火) 08:25:59.92ID:s8gcbmKZ
ロペスは私の脳内イメージでは五輪マラソン金メダリストとしては、長らく「最強」の
イメージがあった。ロスの瀬古は体調不良だったが、もし万全の状態だったとしても
銀メダルだったと私は思っている。前年の福岡で見せた必殺のラスト・スパートも
1万M世界歴代2位(当時)の記録を持つロペスが相手では、ギリギリまで待って勝負
を掛けるのも危険な戦術に思えてしまう。81年のボストンでの対バージンのように
途中での揺さぶりを考えてくるだろう。しかし、35kmから40kmまでを14分40秒を
切って走れるだろうか? ロペスは控えめに言っても2時間5分の力はあった。
瀬古vsメコネンは、マラソンでの直接対決は1度もなし。但し、瀬古引退レースの
千葉駅伝で同一区間を走っている。

31ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/28(火) 08:33:10.05ID:s8gcbmKZ
で、30の者の連投。
ロペスは金メダル獲得の1カ月ちょっと前、七夕の頃、交通事故に遭っている。
日本の新聞にも小さく出ていた。「これで金メダル候補が一人消えた」と感じたが
大変な早合点だった。
ロペスのケガを懸命に直してくれたのは、現地在住の日本人。確か小林さんだった。
「私の金メダルは、半分はあなたのお陰です」と感謝されたという。
85年に世界最高記録を出した後、86年の東京に出ている。これは、ケガを直して
くれた恩人への恩返しの気持ちから出た行動ではなかろうか。人間的にも実に
立派な男だったと思う。

32ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/28(火) 08:44:35.89ID:rv+on1FO
>>27
何でよ?

33ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/28(火) 11:38:53.35ID:eosscGDf
>>32
言う気にならないんや

34ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/28(火) 23:28:25.69ID:4lcqHxmv
悔やまれるのは87年ローマ世界陸上に日本のトップクラスが出場しなかったこと
この大会の金メダルはワキウリ(故中村清門下生)銀がサラ銅がボルディン
1年後のソウル五輪は金がボルディン銀がワキウリ銅がサラで日本期待の中山は4位
世界陸上とメダリストの順位は入れ替わった顔ぶれは全く同じ
世界陸上に出場していたら中山らしい積極的な攻めのレースが見られたかもしれない

35ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/29(水) 12:04:53.71ID:kS9EwhDa
最盛期だったし、勝てた気がする。

36ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/29(水) 13:14:15.95ID:O27Pqjx8
>>33
理由は?

37ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/29(水) 17:10:50.52ID:ZPyBs45V
>>30
ロペスはキャステラにも競り負けているくらいキックはないタイプ。それに、可能性なら瀬古も5分代のポテンシャルはあったと言える。

38ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/29(水) 20:14:27.87ID:o6kV+ACE
>>36
有るよ

39ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/29(水) 22:17:20.22ID:O/G/QHH1
↑述べんかい

40ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 02:30:57.60ID:UbfVBtDo

41ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 04:51:41.07ID:z4J74ZxL
>>39
述べない

42ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 06:26:42.05ID:mtZuZOjC
マラソン日本最強は金栗四三

43ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 10:15:47.09ID:KOphAA3W
瀬古か中山か悩ましい

44ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 13:19:23.91ID:JjrBbRil
>>37
昔のロッテルダムの(83年)映像見たが、ロペスの勝ちそうな展開だったのに前に出ない
まま機を逸してしまった感じがした。して見ると、ロペスは一瞬の切れ味で勝つタイプでなく、
ハイペース持続力で勝つタイプなのかも。

45ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 20:16:40.01ID:1fUfax1l
サラザール5位。ロドルフォ・ゴメスが3位だったレース。

46ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/30(木) 21:07:22.62ID:tMQiuiyJ
ロペスは37歳で5000m13分20秒切り1万m27分20秒切りしてる、世界クロカンもこの歳で勝ってる
5000mは記録の上では大迫に負けてるけど1万mのタイム考慮すると、今一緒に走ったらロペスの圧勝で勝負にならん。
スピードある上に精神力も凄いからアフリカを除いて古今東西最強ランナーの一人だと思う。
瀬古が勝てたかどうかだけど、ロスの走り見ると瀬古がベスト状態でも勝てたかどうか。
ラスト100mまでもつれ込んだらわからないけど、多分瀬古がベストでもロペスが振り切って勝ったんじゃないかと思う。

47ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 03:43:24.01ID:qpke0LQY
ロペスのマラソン全成績
優勝2回(ロス五輪金と世界最高記録達成の時)2位2回 途中棄権3回
確かに偉大な選手だけどキゃステラやロジャースに比べるとマラソンは実績不足だと思う

48ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 08:18:56.14ID:7ThoCgT0
完走した時の強さは桁違い。大迫じゃあ可哀想だけど絶好調時のロペス相手じゃあ
掌で転がされてしまうだろう。
ロッテルダムで世界記録を出した時(85年)もペースメーカーが持たなくて完全に途中
から一人の走りになってしまっている。ロペスを今の時代によみがえらせれば、4分台
で走っても「あり得る」と思う。
ロジャースとキャステラの強さは、認める。もっともっと功績を讃えて欲しい人だ。

49ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 08:19:23.71ID:7GxUhdbn
>>41
何やと!こら!おんどりゃあ!

50ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 11:49:52.39ID:8bPlDcbZ
中山は福岡国際のぶっちぎりレースのインパクト強いけど競りあったレースはサラ、ボルディン、森下と勝てなかったから瀬古のが格上だろう

51ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 12:13:46.45ID:yxeEpcbE
ラストのキック力の差は歴然としている。瀬古のほうが上。
大差勝ちの中山と接戦で勝つ瀬古の個性の違い。
最大のピーク期は瀬古が83年。中山が87年だと思う。

52ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 17:44:17.32ID:8IWoh9ZJ
瀬古氏は還暦すぎたね。

53ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 17:52:33.41ID:xKH3jVkl
あとから5分で走れた、4分で走れたと信者が騒ぐのはマラソンの恒例だなw

54ゼッケン774さん@ラストコール2019/05/31(金) 18:33:59.49ID:npp9zbvQ
瀬古氏総監督退任

55ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 01:00:27.29ID:HOCIqhTJ
>>48
当時のポルトガルは血液ドーピングしほうだいの頃だから、なんとも言えんな。

大タコとロペスに共通してるのは、どちらもキックがないということだ。

56ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 04:05:22.81ID:uxwJR3b9
中山竹通「そんなにスピードというのならカール・ルイスにマラソンを走らせればいい」
中山らしい極論だがトラックのスピードランナーでもマラソンで成功しない選手の方が多い
早大の中村清監督が瀬古にマラソンを走らせると言うとほとんどの陸連幹部が反対した
織田幹雄氏は「瀬古の走りは膝の使い方が柔らかいのでマラソンで成功する」と支持した
織田氏は1500mの石井隆士にもマラソン転向を勧めたが周囲の反対で実現しなかった

57ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 05:04:07.74ID:YCWY9Ix4
中山発言は、ごもっとも。

58ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 07:18:27.58ID:8787pyXD
>>49
落ち着けや

59ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 09:52:36.93ID:re2pJsQ4
ジョイナーもマラソン転向を考えた時期もあったね。

60ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 09:56:27.65ID:YCWY9Ix4
奴は限りなくクロ

61ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 10:52:11.00ID:C1FrDzme
瀬古は手抜いて8分台だったからな
イカンガーをラストでぶっちぎったときは勝負にこだわってたのでまだまだ余裕あったらしい
ヴェイパーもない時代であれだからなあ
しかも一発野郎じゃないし、マラソン勝率が半端ない
それに福岡国際で優勝して、1ヶ月後に箱根で走って区間記録というね。

62ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 11:06:11.94ID:FyuFYKe0
まあ、隙間の時代だからね

63ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 12:01:48.94ID:uxwJR3b9
エチオピアのミルツ・イフタ―のトラックでのラストスパートは当時世界最強
ロス五輪ではマラソンに出場すると語っていたが国のボイコットで不参加だった
81年瀬古が欧州遠征した時に10000mのラストで負けた相手はタンザニアの選手
スレイマン・ニャンブイといいモスクワ五輪5000m銀メダルを獲得した選手
後にマラソンに転向し1990年のびわ湖毎日マラソンで4位入賞している
http://www.lakebiwa-marathon.com/history.cgi?045

64ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 13:33:45.61ID:E7Oa/2H1
>>63
ミルツ・イフター。名前は知っていたが、リアルタイムでは知らなかった。
1944年5月15日生まれ。何とロス五輪では40歳だったことになる。
してみるとモスクワ五輪は36歳! カルロス・ロペスと並んで究極の
『大器晩成』である。モスクワ五輪1万mの画像を今年になって初めて見たが
何というロケット・スパートだろう! 最上最強・感動すら覚えるラスト400の走り。
しかも戦術的にも安直に前に出ないクレバーな走り。

瀬古利彦よりも凄い人を見てしまった。

1979年のレースも見ることは出来た。どこのレースかは失念。のちのロス五輪
マラソン銀メダリスト・ジョン・トレーシーも出ていたこのレースでもロケット・スパート
炸裂。この人のレースを見ると、あまりにも崇高すぎて「神の領域の人」に思えてくる。
史上最強のキッカーに見えて仕方ない。誰と比較対象出来ようか。

65ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 14:13:17.21ID:uxwJR3b9
https://www.youtube.com/watch?v=C6eHUXDCKmQ
モスクワオリンピック10000mの映像
イフタ―のラストスパートは別格だが瀬古が出場していたら上位入賞は可能だったと思う

66ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 14:44:57.14ID:E7Oa/2H1
いやあ、これですよ、コレ! イフターの位置取りを見ていると先頭には立たないが
常に3番手あたりの好位置をキープしていて、誰かが仕掛ければ、すかさず対応できる
ポジションを維持出来ている。ラッセ・ビレン(フィンランド)も長距離史上に残る偉大な
選手だったが、さすがにイフターのロケット・スパートには対応出来なかったようだ。
一度、イフターのマラソンを走る雄姿を見てみたかった。記録よりも勝負、のタイプだから
世界記録には無縁だろうが、五輪や世界選手権で金メダルを獲得しても「イフターだから
ね」で納得してしまう。もっともっとイフターの崇高な走りを調べてみようと思う。

67ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 15:56:24.78ID:uxwJR3b9
ロペスのモントリオールオリンピック10000m銀メダルの映像も見つかった
この時もエチオピアは人種差別に抗議して他のアフリカ勢同様ボイコットしている
ビレンの楽勝を見てもこの大会の長距離種目はレベルが低かったことが分かる
https://www.youtube.com/watch?v=8rJqAp0vldk

68ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 16:01:36.94ID:uxwJR3b9
>>67
これはモスクワオリンピックの5000mでした
ここでもイフタ―のラストスパートがさえていますね

69ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 16:26:30.14ID:uxwJR3b9

70ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/01(土) 19:41:05.00ID:WPakyxMJ
いやあ、貴重な映像、初めて見ました。upの方に感謝です。  >>67 >>69
イフターの凄さもさることながら、モントリオールのラッセ・ビレンの強いこと。
ミュンヘンに続く連続2冠王でプラス、マラソンでも5位入賞。モスクワでも
1万で残り1周の時点では、先頭争いをしていた模様。
ロペスがロスで金メダルを獲れた一因は、1万を思い切りよく捨てたことかも。
この画像で見る限り、やはりロペスは、ハイペース持続力で勝負するタイプで
あり、ラストのスレスレの勝負には不向きだと実感。
しかし。youtube動画を見ようとすると「あなたへのおススメ」として横に藤井聡太の
画像などが出てきて、ついつい寄り道してしまう自分がいるわけですが。。。

71ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 05:00:39.26ID:SK5X12v9
エチオピアはモントリオール・ロサンゼルス・ソウルと3度もオリンピックボイコット
特にソウル五輪の前はデンシモが世界最高記録を更新しメコネンも最盛期だった
当時エチオピアは社会主義軍事政権になっていて韓国をアメリカの植民地扱いにした
メコネンがバルセロナオリンピックに出場した時は既に全盛期は過ぎていて途中棄権した

72ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 07:59:32.54ID:orEuXZ/X
日本のレースだと頻繁に参加するのに韓国だとダメとは。
エチオピア政府の考えていることは、よく分からない。
88年ソウルは、エチオピアが出ていたら、デンシモ&メコネンの最盛期コンビで
やはり有力候補として無視出来ず、レース展開も変わったことだろう。

73ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 08:03:27.96ID:orEuXZ/X
アベベ・ビキラにマモ・ウエルデの後に若干の空白期間があって、
ケべデ・バルチャ&デレジェ・ネディのコンビ。この二人も良く日本に
来てくれたから記憶に残っている。モスクワは日本などがボイコットして
エチオピア勢にとっては絶好機だったのに、チャンスを生かせなかった
のが惜しまれる。

74ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 12:49:24.98ID:FSbMJVdf
>>34
この時の世界選手権はモネゲッティが4位。翌年のソウル五輪もモネゲッティは5位。
2つのレースの上位は、かなりの一致率だった。
ソウル以降、モネゲッティの強さが世界的に認知されだしたが、五輪での最高順位は
ソウルでの5位。世界選手権では銅メダルまで届いた。
最盛期の92年のバルセロナ五輪での失敗レースが残念。地元開催のシドニー五輪
で有終の美を飾った。

75ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 13:09:43.45ID:QSNLNHXv
>>74
ソウル五輪は谷口が転ばなければ5位以内に入ったと思うけどどう?

76ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 13:27:33.50ID:FSbMJVdf
バルセロナならば谷口5位以内

77ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 14:35:29.41ID:QSNLNHXv
>>76
そうだバルセロナだった
中山はバルセロナは力的に少し下り坂だったかな

78ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/02(日) 15:34:42.22ID:b1Q18E+c
バルセロナはビッグネームが引退したり衰えたりでややレベルダウンした大会

79ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/03(月) 05:45:15.00ID:ZnKbmi8W
バルセロナ五輪日本選手3人全員入賞を頂点に日本男子マラソンの低迷は続く
期待された渡辺康幸も故障しているのに無理して初マラソンを走り悪化させてしまった
コニカに所属していたワイナイナがアトランタ銅シドニー銀アテネ7位と健闘した

80ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/03(月) 22:16:27.64ID:+hwLjByN
>>58
何が言いたいか?

81ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/03(月) 23:48:15.17ID:n86xzr70
バルセロナの時点で既に日本マラソン界は斜陽だった。
たまたま代表に選ばれた3人が強かったのでカムフラージュされたが層が薄くなっていた。

82ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 00:17:40.26ID:qeLhLybJ
中山はバルセロナではピークは過ぎていたが、戦術面で進歩した。
まずまずの走りを見せてくれた。4位は実に惜しい順位だが、悪くない。
森下は、中山の脅威を恐れ過ぎて、すぐ横にいた韓国選手との勝負に
集中しきれていなかった。森下が中山と同時期に引退してしまったことは、
中山も実に残念がっていた。

83ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 04:26:16.66ID:YoPgo12r
金メダルの黄は1986年ソウルアジア大会の中山の走りを見て感動したと言っている
韓国人としては珍しく親日的な人で引退後も森下との交流を続けている
https://s.japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=23233

84ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 08:02:03.06ID:/N78PLyX
黄は、九州一周駅伝にも参加したことがあるくらい日本と近しい関係にある。
ケガしていた有森裕子に「お姉さん、大丈夫?」と声を掛け「うるさ〜い」と有森。
仲の良さをうかがえるエピソード。中山とも陸マガか月陸か失念したが対談して
いる。無類の親日家で、この人は好感が持てる。

85ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 11:37:13.85ID:BIjPrj9T
何だかんだで中山ってオリンピックで結果出しているところが立派だったよ。

86ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 12:06:41.36ID:RP1Nm61z
ソウル、バルセロナと連続4位。ロスでは宗猛が4位だから3大会連続で
日本人が4位か。取って悔しい順位。ソウルでは3位と6秒差。
バルセロナに至っては、わずか2秒。

87ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 18:35:24.09ID:edz++0M/
アーメドサラが地味に強かった

88ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 21:01:42.39ID:aAX9WBKH
>>80
知りたいのか?

89ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 22:16:31.24ID:YoPgo12r
>>87
サラ「東京はアフリカよりも暑い」

90ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/04(火) 22:34:42.97ID:YoPgo12r
91年東京世界陸上のマラソンで5位入賞した篠原太は現在天満屋のコーチ兼スカウト

91ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/05(水) 00:27:50.48ID:kUQ17ZFl
>>86
結局中山の1つ上のフライガングはこのレースだけ
成績が良かっただけなんで
いろいろ疑ってしまうよ
おまけに東ドイツ出身だし

92ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/05(水) 02:21:52.50ID:MWkSTfWo
前年のユニバ1万の優勝者ではある

93ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/05(水) 02:55:04.06ID:mB8tirzY
バルセロナ五輪は難コースだったのでその後多くの選手が故障に苦しんだ

94ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/05(水) 13:59:52.85ID:Frd97tAx
メダリスト3人はまさに共倒れ。いや、黄は94年あたりまで健闘したか。
しかしバルセロナのメダリストは、みんな年齢的に若かったのに、なあ。
あと2回は普通に考えれば五輪で活躍出来ただろうに。

95ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/06(木) 00:50:45.55ID:J7p8zO2l
ワイさんの愛称で親しまれたワイナイナ

96ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/06(木) 04:41:38.77ID:y+WCdytR
ワキウリもいたが89年に日本を去った。

97ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/06(木) 06:29:09.07ID:EDfp3Yir
>>96
ワキウリは故中村清監督を父のように尊敬していたが瀬古の指導力には疑問を持っていた
むしろ村尾慎悦マネージャーに心を寄せていたようだ

98ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/07(金) 08:35:07.05ID:BjMV4Wl4
この時代だとボルディンとか好きだったな。
今となっては信じられないが中長距離はイタリアが強くてパスタ食べると速くなると信じてた。

99ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/07(金) 16:59:43.87ID:DV7TLn8C
イタリア勢はドーピングの噂もあったが(86年頃)、あくまでも噂で証拠は全くない。
キャステラも「長距離にはプラスはないと思う。少なくとも彼らはやっていないと思う」
とコメントしていた。

100ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/07(金) 17:07:05.17ID:DV7TLn8C
ボルディンはスピード感はないけど、本当に粘り強い男だった。
ソウル金メダルには本当にびっくりしたけど、86年欧州選手権優勝に87年ローマ
世界選手権銅、と実績があって、88年ボストンでは4位(2時間09分27秒だったか)
全くノーマークにするわけにもいかず、一応注目はしていた。
サラがワキウリ振り落としに躍起になって力を使い過ぎてと思う。この時、少し先頭から
離れていたのが、かえって幸いだったかも知れない。
90年のボストン優勝はボルディン生涯の最高傑作だと思う。深夜の放送で、生で見る
のはキツイ、とテレビ東京を録画していたが、巻き戻してみようとした際、ちょうど
ボルディンがイカンガーを捉えた箇所が出てきて「あ、これはボルディンが勝ったな」と
ピンとくるものがあった。

101ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/07(金) 21:13:44.64ID:BjMV4Wl4
ソウルのボルディンは凄かった。
他にもアンティボ、コパ、バネッタと強かったな。

多分ボルディンはスピードも無かったのかも知れないがなんとも言えない強さが有ったと思う。

102ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/08(土) 03:47:57.66ID:6R3dVWWE
サルバトーレ・アンティボはお気に入りの選手だったが、見に行った東京での
世界陸上ではリチャード・チェリモなどのハイペースにかき回されて、周回遅れ。
朦朧としてしまっていた様子だったのを思い出した。

103ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/08(土) 21:39:41.15ID:ZExyqq6b
瀬古利彦はコバに1万で勝ったことがある筈。

104ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 01:28:38.63ID:ORmEHYA/
トラック&フィールドというアメリカの陸上競技専門誌がある
1947年以降毎年各種目の年間ランキングベストテンが掲載されている
瀬古は7回ベスト10入りし中山も1987年1位を含め6回ベスト10入りしている
https://trackandfieldnews.com/wp-content/uploads/2019/01/11-mMarRank.pdf

105ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 05:22:29.49ID:zAbXjLYr
87年が特に壮観だ。

106ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 09:30:36.32ID:dDvle9G2
隙間の時代だからね

107ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 12:14:44.22ID:emEn5pMf
>>104
これ見て当分楽しめる。

108ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 13:37:56.87ID:9LF0IcNP
>>104
中山が92年に返り咲くってのも凄いな。

そういえばフランクショーターってブランド無くなっちゃったね

109ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 18:35:44.45ID:4CiggzCL
地味に84年も10位に入っている中山

110ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 20:57:38.94ID:ORmEHYA/
>>109
中山が福岡国際マラソンで初優勝した年ですね
万歳しながらゴールして2時間10分ちょうどだったことを思い出します
あ〜もったいないなと思いましたが当の本人はあっけらかんとしていました
この年を最後に福岡は海の中道コースがなくなり市街地を走るコースに変更されました
自分はショーターの初優勝の時から見続けていたので残念でした

111ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/09(日) 21:15:29.94ID:ORmEHYA/
トラック&フィールドニュース公式ウェブサイト
https://trackandfieldnews.com/

女子マラソンや一般種目のランキングなども見られます

112ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 01:17:28.00ID:Jype6NrK
こりゃ、また役に立つ! ありがとざんす。>>111

中山が突然変異で出てきた時は、ビックリした。youtubeで久々に当時(84年)のレースを
見たが、本人も戸惑っている節が見えた。表情が凄く優しいのにもビックリ。
まあ、素の部分が出てしまっていたんでしょうね。

113ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 01:42:23.32ID:+J/CzmSk
>>99
当時のヨーロッパ勢は、全部やっています。
自転車競技の5年遅れのドーピングをやっていた。

114ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 12:48:30.78ID:KDwt8LM2
>>88
ああ

115ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 19:01:02.46ID:H8Qm+eHS
宗茂の78年5位は納得がいかない!

116ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 21:29:07.00ID:ZT1pbV+O
福岡国際の評価の高さがうかがえる。

117ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 22:26:20.07ID:E/ojhj68
1983年に世界陸上選手権が開催されるまでは福岡国際マラソンが国際陸連が公認した唯一の選手権だった
米ソ冷戦時代だったので東側諸国はボストンマラソンやニューヨークシティマラソンには出場しなかった

118ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/10(月) 23:31:18.54ID:0qCWnO1M
>>114
まじで?

119ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/11(火) 02:54:17.67ID:di18vHTk
世界ランキング回数
8回 カルボーネン
   キプサング
7回 キャステラ
   イカンガー
    瀬古
    君原

120ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/11(火) 07:59:49.70ID:RH+/nuis
君原健二もまた偉大なマラソンランナーであった。
キャステラ、イカンガーは80年代のビッグ・ネーム。瀬古&中山ともに縁の深い選手。

121ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/12(水) 19:14:54.06ID:+DGKObG4
キャステラは81年福岡で2時間08分18秒を出して一躍大ブレイクした。
サラザールの出した2時間08分13秒はのちに(85年初頭あたり)距離
不足とされ、抹消されてしまったが、その時には既にスティーブ・ジョーンズ
がシカゴで2時間08分05秒を出していた。
キャステラは元・世界記録保持者と紹介されているが、リアル・タイムでは
一度も世界最高記録保持者と紹介されたことはない。

122ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/13(木) 12:24:46.62ID:NsTooy27
ロッテルダムで勝ち、ヘルシンキでの第1回世界選手権にも勝ったあたりが絶頂期。
ピークは長くて、91年にもロッテルダムで優勝した。

123ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/14(金) 21:14:41.35ID:WFTEuEAo
>>113
80年の8か国対抗陸上に出場し瀬古と対決したフィンランドのバイニオ
83年地元で開催された第1回世界選手権で5000m3位10000m4位
翌年のロス五輪10000mで2位でゴールしたが薬物違反が発覚し失格になった
自伝で世界選手権の時の薬物使用も認めている
https://web.archive.org/web/20041209003606/http://www.nikkansports.com/ns/sports/f-sp-tp0-041106-0001.html

124ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/15(土) 12:46:30.63ID:GtAjAoQ/
で、金井豊が7位に繰り上がった、と。
ああ、そうそう、8位がスティーブ・ジョーンズ。

125ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/16(日) 07:42:15.41ID:7YbrtCX4
スティーブ・ジョーンズは84シカゴで2時間08分05秒の世界最高記録樹立
(2位・ロペス。3位・キャステラ)。翌85年は、世界記録をロペスに更新された
翌日のロンドンで2時間08分16秒で優勝(2位はロス五輪銅のスペディング)
秋のシカゴで2時間07分13秒で再び優勝(2位・ロブレ・ジャマ、3位・キャステラ)
88年にもニューヨークで2時間08分20秒で優勝しているが、ケガの影響で
ソウル五輪は出られなかった(それ以前に代表選考で、ひと悶着あったようだが)
このジョーンズを87ボストンで破った瀬古利彦は、やはり希代のスーパースター。

126ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/16(日) 13:02:01.12ID:t4ma1EGE
まあ隙間の時代だからね

127ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/16(日) 16:05:37.97ID:sV9N2eYX
隙間の時代って、油谷ごときが入賞できた時代の事?

128ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/16(日) 19:35:32.29ID:6CNSoMDo
現在の男子50km競歩は隙間の時代か?

129ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/16(日) 19:43:41.37ID:N9LV4/Z6
ジョーンズってイケメンでカッコいい男だったなあ。

130ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/17(月) 06:58:59.46ID:pXNLIqf6
87年ボストンは史上最高級のメンバーが集結した。

131ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/18(火) 07:00:48.14ID:0tzOzpDy
当時の一発屋
バリンジャ―(82年福岡国際マラソン優勝)
シドロフ(82年東京国際マラソン優勝)
渋谷俊浩(88年福岡国際マラソン優勝)
森田修一(91年福岡国際マラソン優勝)

瀬古も宗兄弟も中山も谷口も出場しなかった大会

132ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/18(火) 07:05:05.68ID:0tzOzpDy
>>131
隙間とはこういうことを言うのでは?

133ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/18(火) 12:10:19.52ID:7frbByX2
無冠の帝王・伊藤国光は、82年こそ優勝のチャンスだったな。
しぶたに、は一応当時の世界記録保持者のデンシモに勝っている。
森田もメコネンに勝っているか。

134ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 00:04:59.71ID:kYPdWl0O
>>132
隙間隙間言っている奴は、カールルイスの100Mの連覇も今の中国人よりも遅いタイムだから隙間って言ってそうだわ。

135ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 00:06:22.49ID:kYPdWl0O
>>130
天候不良でずっと中継がなくって
中継が入ったと思ったら瀬古が独走しててびっくりした。

136ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 05:27:25.90ID:DyqStLam
かなり強烈なスパートだったそうで一瞬のうちに独走態勢に入った。

137ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 07:21:48.07ID:UyFlb6F2
>>131
森田修一懐かしいな。日産だったっけか?

138ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 07:40:07.71ID:DyqStLam
日産。笠間三四郎と同期。専修大学出身。

139ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 08:05:58.34ID:2T8nPN/d
今となっては日産に陸上部が有ったなんて夢にも思わないだろうな。

ところで日産は駅伝強かったの?

140ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 16:15:03.77ID:J4Oy5C1z
全日本実業団駅伝優勝経験あり。確か89年。その後、部が縮小。

141ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 16:45:38.32ID:MjASCtNl
>>140
ありがとう。調べてみたら懐かしい人でてるなぁ。
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/furoku/jitugyou/j33/j33.html

142ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 17:32:32.32ID:pIFPfgJR
>>134
瀬古や中山が今いても、ケニエチのトップクラスには歯が立たんだろう。日本記録が出せる可能性はあるかもしれんが。
マラソンは100mと違ってケニエチ参入以前と以後でもはや別競技だからな
マラソン世界歴代記録の異常なケニエチ率を見ればわかる

143ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/19(水) 23:29:59.90ID:fl6QICpZ
>>134
あの時代のトラックだと今みたいなタイムは出ないしね。
ただ91年東京の国立は大会直前に張り替えて高速マット初採用だった。
当時はリアクションタイムも0,12秒を切るくらいでフライング判定だったので0.10の今のルールより不利。

>>142
ケニエチは昔よりはるかに層が厚くなってるからね。人口増加も影響してるのかな。
中山がヴェイパー履けば05分台は間違いなかったと思う。
瀬古も08分台は本気ではなかったと言うし、瀬古はヴェイパーの効果はわからんが、
今のペースメーカーがいる環境だとかなり好タイムが出そう。
タラレバ言うと馬鹿にされるのはわかってるがあえて俺の意見。

144ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 02:31:53.85ID:SkeK14Y5
ペースメーカーがある程度、お膳立てしてくれる現代よりも
瀬古・中山時代は、明らかに不利な時代。

145ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 08:11:51.46ID:uQhBzG7B
>>143
瀬古ってタイム狙ったことあるのかな?

あの頃だとデンシモが5分台だったっけか?福岡でコース間違えた記憶がある

146ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 12:03:33.72ID:fKEtZrm0
デンシモで6分50秒

147ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 12:05:04.21ID:W+t+iitS
瀬古がタイム狙いと言えば、トラックの20000m記録会くらいか
https://www.youtube.com/watch?v=5h-oo3Ufczk

148ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 12:17:18.93ID:ND13Qdwv
>>147
そんな記録持ってたね!

149ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 13:50:00.73ID:fKEtZrm0
ああ、懐かしい映像だ。何が懐かしいかと言うと金井豊も谷口伴之も
もう、この世にいない。中村清監督に至っては、この2週間後に急逝
してしまっている。

しかし、瀬古利彦のランニング・フォームは改めて素晴らしい。
3万mは、なかなか実施する機会がないせいかも知れないが、81年に
世界記録を出している。

150ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 14:00:29.55ID:xPnuvRWe
>>142
カールルイスが今いてもボルトには欽ちゃん走りを50M位されるよ。
中国人にも勝てない

今は100Mもルイスのころとはもはや別競技だからなぁ
歴代記録の異常な9秒台の数を見ればわかる。

151ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 14:06:51.29ID:xPnuvRWe
>>142
今のケニエチトップクラスが30年前の、
バネ靴なし、高度なスペシャルドリンクなし、高度なペースメーカなし、
そして、スペシャルEPO抜きだったらイカンガー程度だったと思うよ。

152ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 15:55:22.08ID:wUHny0rV
>>150
100mは時代の流れで技術が進歩して正当に平均タイムが上がってるだけ
マラソンももちろん技術の向上でタイムは上がってるが歴代上位がほとんどケニアエチオピアだけで埋まってるのからわかる通りケニエチが本気出し始めたら他の国は通用しなくなった、
つまりそれ以前はケニエチのいない隙間で稼いでいただけということに他ならない

153ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 15:58:09.31ID:wUHny0rV
そもそも42キロも走らされて、しかもそのために毎日数十キロ走り込みが必要さらに見返りも少ないマゾ競技を誰がやりたがるねんという話で
マラソン程度の賞金に夢を見出だせる貧乏国ぐらいしか本気出さない結果がケニエチだけで埋め尽くされてる現状なんだろうな。
駅伝人気が強い日本という例外はあるけどこっちは人種的に弱いから結局大したとこまではいかないし
そういう意味では時代的に隙間という以前にそもそも競技として隙間なんだろうね。長距離の中でも基本的にトラックで通用しない、あるいはしなくなった奴が転向するケースが多いし

154ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 19:23:24.25ID:uQhBzG7B
種目は違うが昔居た三段跳びのマイク コンウェイの息子がNBA選手になってた。身体能力は高いんだろうが金にならない種目よりNBA選ぶよな…

155ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 22:06:12.42ID:W+t+iitS
MLB、NBA、NFL選手の引退後の破産率が半端ない。
NBAで6割、NFLで8割とかで半端ないので
BROKEというドキュメンタリーが作られる始末
https://www.youtube.com/watch?v=6gk50OyW6qw

156ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 22:30:26.11ID:RKYpXlaH
飯島秀雄は代走専門としてプロ野球入りしたが牽制球で塁に戻ることを知らなかった

157ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 23:26:28.82ID:xPnuvRWe
>>152
今のケニエチトップクラスが30年前の、
バネ靴なし、高度なスペシャルドリンクなし、高度なペースメーカなし、
そして、スペシャルEPO抜きだったらイカンガー程度だったと思うよ。

158ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 23:27:40.17ID:xPnuvRWe
>>152
お前はアベベは本気出していなかった時代だといいたいんだね?

油ヲタか大タコのファンか知らないけど、油も大タコも日本最強でないことだけは間違いない。

159ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 23:29:27.52ID:xPnuvRWe
>>152
マラソンも時代の流れで進化しただけでしょ?

バネ靴
ペースメーカー
スペシャルドリンク
進化したEPO系ドーピング

同じ条件なら4分は違うと思うよ。

160ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/20(木) 23:41:38.33ID:yWRHh2p9
https://www.iaaf.org/records/all-time-toplists/road-running/marathon/outdoor/men/senior
マラソンの世界歴代ランキング
上位100人中9割がケニエチ選手
ケニエチ以外はいいとこ5,6分
いかにこの競技がケニエチに依存してるかがわかる

161ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 00:25:44.37ID:j/bN0lj7
世界歴代87位タイの大迫傑か。

162ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 00:31:20.66ID:kSP0hJiy
それでも日本記録というね
ケニエチ以外は雑魚になってしまうのがこの競技
その点100mは様々な国がランキングに見られるのに日本記録でも100位にも入らない辺り競技力は本物

163ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 01:35:30.55ID:Dsn7MbZb
タンザニアとジプチはどうしてだめになったのだろうか?

164ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 04:54:24.51ID:IeWzNKom
イカンガーとアーメド・サラという象徴的な選手がいなくなったから。
そのうちまた誰か台頭するでしょう。

165ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 12:12:42.65ID:tzGzYjYk
韓国も凋落した

166ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 12:59:54.90ID:6w+fWNH0
この頃強かったアフリカ以外って今は競歩が強いね

167ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 15:15:39.34ID:pfYL/BzW
>>157
そんなのない20年前にゲブレシラシエが今のトップレベルの走りをしてるのだから道具の変化は言い訳にならないな
アフリカ本格進出以降は別競技

168ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 17:17:47.78ID:DAGYeM5y
エチオピアが強かったのは昔から不変

169ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 18:52:34.37ID:kSP0hJiy
昔からケニエチが世界ランキング上位9割占めてたの?

170ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 21:52:52.19ID:o3NHy3m/
ケニアは後発。ワキウリからのイメージ。

171ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 21:57:42.90ID:oKC5SU3t
ケニアは昔からトラックの中長距離は強かったがマラソンは全くダメだった
瀬古らと一緒に練習しソウル五輪で銀メダルを獲得したワキウリの功績が大きい

172ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/21(金) 22:18:28.24ID:oKC5SU3t
1987年ローマ世界選手権男子マラソンの映像
https://www.youtube.com/watch?v=2osKHcnfwNA

173ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 03:49:20.98ID:z1OUt3VH
トラックはゲブレシラシエ
マラソンはワンジルでブレイクスルーが起きた感じ

174ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 09:13:21.98ID:D5u6Rc5t
>>172
これはモネゲッティ目線の映像なので、オーストラリアの中継のようですね。
ディフェンディング・チャンピオンのキャステラが途中棄権に終わったものの
モネゲッティの4位入賞で面子は保てたという感じ。しかし、3位に入った
地元のボルディンの「ヒタヒタ追走」は、地味に強い男の面目躍如。
翌年のソウル五輪もこの大会で上位だった面々が続いて上位を占め、この
世界選手権のレースがフロックでなかったことを実証しました。
ワキウリはヱスビー食品所属だったので、日本では知られた存在だったと
思います。
存分に楽しませていただきました。up主さんに感謝です。

175ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 14:14:03.03ID:3CMkxlXR
いい映像だ。イカンガーにヒュー・ジョーンズにヨルゲンセン(デンマーク)か。

176ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 14:54:57.66ID:4ta1X+lk
1980年代トラックの中長距離はモロッコのサイド・アウィータが無敵だった
彼だけは現在のケニアエチオピアのスピードにも対応できそうな気がする
https://www.youtube.com/watch?v=LsNuzBGZHo0

177ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 14:59:02.82ID:G0m7Jvm9
>>176
800でも5000でもオリンピックのメダル取ったからね。かっこ良かったなぁ

178ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 15:18:48.22ID:3CMkxlXR
あの時代の最強。ただ、ソウルでは己の実力を過信して800mの銅メダル
のみに終わった。5000と1万にエントリーしていたら2冠王になれた
のではないか。

179ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 15:30:45.42ID:3CMkxlXR
この>>176のレースは、86年のオスロのビスレット・ゲームスですね。
アウィータが公式には恐らく初めて本格的に1万mに参戦した試合。
途中でベルギーのルソーにスパイクされたアクシデントもものともせず優勝。
最後の1周は60秒くらい。余裕を持っての勝利。
「ライバルの名前は覚えるのも面倒」「勝つのは映画館に入って映画を見る
くらい簡単」という具合にビッグマウスなので、必ずしも好きなキャラクター
ではないが、ランナーとしては本当に素晴らしい選手だった。

180ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 18:59:51.34ID:h7azqJEp
>>179
ベルギーのルソーね。
ロペス世界最高ロッテルダムのペースメーカー
自身もマラソン90年代前半に活躍。
でもこの時期、日本が低迷していたから印象薄い。
セロン、モネゲッティしかり。
瀬古全盛時代だったらイカンガー、キャステラ並みの知名度になってたのでは。

181ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 19:07:13.58ID:JoSb3znm
セロンはメキシコで92年別大優勝者。しかしバルセロナで途中棄権でつね。

182ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 19:19:15.79ID:JZNTdSKQ
>>181
「優勝したセロンより2位になった黄の粘りの方が怖いと思いますね」(解説者の宗茂)

183ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/22(土) 21:25:08.46ID:G0m7Jvm9
アウィータ以降モロッコ旋風がふきそうだったすぐ終わったような。

184ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 01:46:37.41ID:llSBtd3V
ソウルオリンピック10000mはモロッコの無名選手ブラヒム・ブタイブが金メダル
映像を見ると後ろとの距離を確認しながら楽勝
https://www.youtube.com/watch?v=6ovnkzJP7us

185ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 05:38:41.57ID:MZE0Bi3l
>>184
当時21歳。従来の1万と異なり、ラストのスプリント勝負に持ち込まず、ハイペース
持続力で他を圧したという異色のレース。2位がアンティボ(イタリア)。
翌年、1万で世界記録を出したバリオス(メキシコ)の姿も後方にあり。
スタート直後、ハイペースの流れに付いて行った米重修一は後半撃沈。
アウィータが800m銅の後、故障で1500に出られず無冠に終わったのと対照的な
ブタイブの台頭。この後、しばらくはモロッコはトップグループに位置していた記憶がある。

>>182
宗茂の洞察力、恐るべしですね。

186ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 05:51:42.71ID:5cnScG1Q
最後、ゴール前でガッツポーズしかけて、後ろみてガッツポーズやめてるよね

187ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 08:32:32.10ID:llSBtd3V
>>185
アウィータは800mで1分43秒台を記録したから金メダルを取れる自信があったと思う
もはや5000mはジョギングと思っていたのかもしれない

188ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 08:54:20.36ID:/mnM9ZS5
800から1万までは自分が最強と天狗になっていた節がある。
確か日程上、1500と5000を兼ねるのはきつかった記憶がある。
ソウル五輪の5000mは平凡なレース。アウィータが万全の体調で出場
していたら、たぶん圧勝だったと予想する。

189ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 14:59:04.55ID:cqCyoIGq
>>178
過信じゃない
勝って当たり前の1500や5000で金をとってもアウイタの商品価値は上がらないから、
商品価値を上げるために800で金を取りに行った。
位置取りミスって直線で行き場を失わなければもしかしたら・・というレースだった。

190ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 15:00:44.94ID:cqCyoIGq
>>182
1位の選手よりも、2位の韓国人をほめる。
今、こんな発言したらネトウヨが大騒ぎしそうだよなwww

191ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 16:01:45.49ID:Dj7Ybt+p
アウイタはクルスやエリオットだったら勝てると
思ったんだろうな
エレングみたいなやつが出てくるのは想定外
アウイタの体調が万全でもあれは勝てないよ

192ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 22:42:41.30ID:a/6EmAks
当時の午後9時のNHKニューストップ(ハイライト)で
アゥィータが破れたニュースを流していた。
「帝王破れる!」
みたいな見出しで。

193ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 22:56:55.05ID:llSBtd3V
モロッコはバルセロナ五輪10000mでもハリド・スカ―が金メダル獲得したが
周回遅れの同国選手が2位を走っていたケニアのチェリモの進路を妨害し騒動を起こす
https://www.youtube.com/watch?v=RRAqeIiA0zs

194ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 23:02:57.73ID:a/6EmAks
スペインとモロッコ、
海を隔てて歴史上微妙な関係だったことも
影響してのこの騒動だったと思う。
昨今何処かの二国関係に似ているが(苦笑)

195ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/23(日) 23:04:36.65ID:a/6EmAks
追記
開催地はスペイン。

196ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/24(月) 00:34:58.95ID:pNKNWwvu
スカーは何も悪くない。

197ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/24(月) 03:48:55.63ID:9d4cqIsW
>>183
アテネ五輪1500m5000m2冠のヒシャム・エルゲージがモロッコ最後の英雄

198ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/24(月) 23:43:35.57ID:9C+Jq5Dl
>>193
当時の私は「チェリモを舐めるなよ。GО! GО!」と歌っていた気楽な時代でした。
スカーにとっては、本当に余計なモロッコ選手の行動でした。
涙ながらに潔白を訴えていたスカーが本当に気の毒。
この後、心が完全に折れてしまったスカーは出場予定の5000mを欠場することに。

199ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 05:01:56.34ID:0iYiFOs/
かつては中長距離王国だったモロッコもリオ五輪メダル0に没落した

200ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 07:49:14.50ID:O/HZLMSp
一時的なものかも知れない。マラソンで開花するかも知れないし。

201ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 19:11:41.00ID:z3zTdn10
スカーも良かったなあ

202ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 19:31:12.74ID:Vz1o50ju
瀬古中山ネタに戻す。
中山は福岡国際が条気象件よかったら
6〜7分台出ていたと言われている。
そうなると世界最高。
タラレバ言うべきではないが
後半の風雨は本当に残念。

203ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 19:57:47.47ID:z3zTdn10
ありゃ、そう言えば、瀬古&中山コンビ、全く忘却してた。
35km1時間44分25秒で通過。スローダウンしてたが、そんなに大きく落ち込んで
いなかった。土砂降りの雨が来なければ次の5kMも15分台は維持出来ていただろう。
少なくとも7分台の当時の日本最高記録ではゴール出来たと、そこだけは強調したい。

204ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 20:07:12.88ID:WuZcGOcj
児玉の北京インチキ記録抜けたの?

205ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 21:23:30.81ID:0iYiFOs/
中山竹通は87年に10000m27分35秒の日本新記録を作っている
30年以上過ぎた現在でも村山鉱太・鎧坂哲哉・高岡寿成に次ぐ日本歴代4位
大迫傑の10000mベスト記録が27分38秒でマラソンが2時間5分50秒
気象条件が良ければ中山もマラソンで大迫並のタイムを出せたと思う
http://blog.livedoor.jp/ikedateki/archives/52148243.html

206ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 22:05:06.94ID:D7QTGfYK
中山はヴェイパーの恩恵がもろにありそうだから相当なタイムが出た予感

207ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 22:06:38.56ID:D7QTGfYK
>>203
体が冷えすぎてインタビューで震えてたしロレツが回ってなかったな
寒かったですと答えてた

208ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 22:09:31.75ID:/UPDPGQf
中山は小掛にもう少しヨイショしてたら
陸連で要職につけたのに
這ってでもでてこい
じゃなくて瀬古さんのお気持ちを考えると
胸が痛みます
と言えばよかったのに

209ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 22:25:22.69ID:z3zTdn10
「自分なら這ってでも出る」とコメントしたのが曲解された節がある。
うーむ。天下の瀬古利彦は1万国内歴代13位か。
あの当時は世界から30秒以内で肉薄していた。マラソンのみならず1万でも
大変な実力者であった。

210ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/25(火) 23:12:31.30ID:WuZcGOcj
10000mでマラソンのタイムが決まるのなら佐藤悠基は5分台だよ

211ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 03:11:51.39ID:8iVnJBcj
あの気象条件でいながら2時間8分18秒のキャステラと並ぶ大会タイ記録
2位の新宅に2分16秒の大差をつけて圧勝
後方から順位を上げてきた工藤一良が日本人3位で全体の4位
翌年ロッテルダムで2時間6分50秒の世界最高記録を作るデンシモが5位
暑さに強い谷口浩美も寒さには弱く両足に痙攣が起きて6位
主な選手の順位17位伊藤国光20位金哲彦31位児玉泰介42位武富豊DNF宗猛

212ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 06:54:15.46ID:84yMAWXd
このレース直前に宗茂が第一線から引退

213ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 09:39:41.02ID:aeWkv4Xb
ハイレゲブレセラシエというと、1993年と95年で5000m2連覇したイスマイルキルイが
なぜ突然消えたのか気になる。
兄のリチャードチェリモノ若き死が原因で引退でもしたのか・・・。
18歳で5000m13分02秒というすげえポテンシャルの選手だったのに。

214ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 11:30:33.13ID:9RKku+yA
日本では14分切ったら凄い! となる年齢。チェリモも早くして消えてしまったのは
惜しまれる。
ゲブレシラシエというと初めてその存在を知ったのは92年の世界ジュニア。
ゴール前の競り合いに負けたケニア選手が悔し紛れにゲブレシラシエの後頭部を
殴りつけて失格。渡辺康幸(早大1年)が繰り上げで銅メダル獲得。

215ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 15:55:23.02ID:g2FIXSlD
マチュヵ

216ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/26(水) 21:23:36.36ID:8iVnJBcj
>>211
76位 森安彦(中央発條)2時間24分22秒

この人が福岡国際マラソンに出場していたとは思わなかった

217ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/27(木) 07:01:00.28ID:6two+HGz
>>212
85年のワールドカップマラソン広島大会で中山が日本最高記録で2位になった時に「もう自分たちの時代は終わったと思った」と語っている

218ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/27(木) 12:47:20.35ID:g99s4OSt
その年、マラソンで2勝していて傍目には健在と映った。

219ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/28(金) 00:35:55.87ID:9EmpuVf9
ワールドカップ3位のロブレ・ジャマはアーメド・サラとセットで台頭したが、この年の
秋のシカゴで2位に入った後、故障で消えていった。

220ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 02:31:45.11ID:M4eZt4u+
瀬古はインターハイ800m1500m国体1500m5000m2年連続優勝
全国高校駅伝では3年連続1区10kmを走り2年生の時に区間賞
和製アウィータと言うと褒めすぎだがこんな万能型の日本選手は他にいない

221ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 08:19:49.60ID:9ziDtujx
2年の時は係員の誘導ミスで一周少ない9・6qの参考記録。

222ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 10:10:12.43ID:t/AAm0ta
中山の福岡国際は気象条件だけでなくきちんとしたペース配分が
出来ていれば6分台は出てたと思う。

223ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 11:48:53.30ID:7+8zZlmc
>>222
それが出来ないのが中山。あのレースは意図的に谷口他のライバルをぶっ潰す作戦に出て、
氷雨もあって大成功。アジア大会でもそうだけど、中山の勝ちパターンは無謀と思える高速で入って、
相手の戦意を失くす程の大差をつけて、後半は落ちる任せるというもの。今みたいに
ペースメーカーがいたら出来ない作戦。半面、競うと必ずと言っていい程負けていた。
ソウル五輪も前半から逃げれば楽勝だったろうけど、ビビって集団走をしたのが敗因。

>>188
前年の世界選手権で、もう5000はやらないと言っていた。長くてしんどい競技なのに
人気がイマイチなので中距離に専念したのもあるのでは?

224ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 12:39:56.33ID:ulplihOI
センゴが欧米の花形種目らしい。

225ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 20:24:50.38ID:s4b1KN2z
中山のぶっ潰し作戦、最後の勝利は90年東京だったが、この時は終盤大失速。
微妙にピークを過ぎたのでは、と思われた。

226ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 21:26:43.18ID:VhndGHe4
>>224
イギリスにはセバスチャン・コー(現在の国際陸連会長)というスターがいたからね
https://www.youtube.com/watch?v=4_knoba0woA

227ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/29(土) 22:48:10.50ID:7+8zZlmc
マイルは昔からヨーロッパ、特にイギリスで人気だったよ。54年にロジャー・バニスターが
4分を切った時は大騒ぎだったと聞く。またコーと同時代に無敗を誇ったスティーブ・
オベットも居て、アメリカのボイコット要請を無視して参加したモスクワ五輪での彼等の
対決は盛り上がった。

228ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 06:44:13.92ID:fvWRgeI3
まさに貴公子と言った風貌のセバスチャン・コー。
モスクワ五輪断固出場を決めた英国もまたエライ!
カーターとかいうクソな人物に追従するだけのクソな日本国家とは格の違いが
あらわれている。

229ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 07:50:53.40ID:eZIUobbv
>>228
イギリス政府もモスクワ五輪ボイコットを支持したがオリンピック委員会が出場を決めた
JOCは会長の河野謙三(河野洋平の叔父)がボイコットを決定した
64年東京五輪招致に尽力した大島鎌吉さんらが個人の資格で参加させようとしたが潰された
その時の怒りは大きく88年に招致予定していた名古屋五輪招致には一切協力しなかった

230ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 12:23:49.22ID:V/QtdYSe
JОCとくに河野謙三はボコボコにした後で、頭からうんこをかけて処罰すべきだ。
選手の青春を奪っておいて、何も痛みを感じないのか?

231ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 13:31:35.82ID:1lrhBxes
>>230
故人にどう砂をかけるつもり?アメリカのポチになるという決断は現在迄引き継がれているけどね。
それだからG20の集合写真を撮る際にオランダ首相以外には相手にもされず無視されるんだけど。

コーの全盛期は79-81の3年間。ロス五輪で本命のクラムを最後に引き離して五輪新(世界記録に0“8
程度の遅れ)で優勝した時は脱帽した。 速いペースのレースだったのに後半800を1‘49”8、ラスト
1周を53“2、ラスト100を12”7で走り切った。クラムはコーをずっとマークしていてラスト100
に勝負をしようと試みたけど、逆に諦めて2秒の大差がついた。コーは国会議員を務めた他、
一代男爵にもなってIAAFのトップ。日本人で、そういう人物が出ないのは何故?

コーの上を行ったのが史上初めてマイル4分を切ったバニスター。彼は神経医としても著名な
業績をあげてオックスフォードの教授として活躍し、ナイトに なったり、オックスフォードに
彼の名前のついたビルがある。

232ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 14:03:45.04ID:d9/Rbz7k
>>231
そうだな、イギリスの陸上選手は優秀だ

それに引き換えお前は、足も遅い、頭も悪い、おまけにアカちゃんパヨクww

233ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 15:41:59.00ID:W+Se6aVy
マラソンも優秀だったな。イギリス。

234ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 16:14:10.49ID:1lrhBxes
>>123
因みにモスクワで突如活躍して銀(10000),銅(5000)を取ったマアニンカも血液ドーピング
を告白している。
https://www.nytimes.com/1981/12/30/sports/sports-people-finn-admits-tanking.html
コンスタントに活躍して最もドーピングに遠そうなバイニオが黒判定されて、それ以降の
フィンランドの長距離の伝統はほぼ消えてしまった。誰が考えてもオリンピックだけ強かった
ビレンは真っ黒だが、本人は否認している。

235ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 21:27:06.50ID:eZIUobbv
ノスタルジックなスレですのであまり過激にならずのんびりといきましょうね(笑)

236ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 21:32:23.17ID:+B8FZDxb
最強は森下だろう
日本選手にマラソン無敗

237ゼッケン774さん@ラストコール2019/06/30(日) 21:44:08.20ID:SOnzi5wp
このスレパヨクの溜まり場かよ
半島に帰れ

238ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 02:37:45.72ID:G3ne5Tn5
森下はなあ、短期間で燃え尽きたのが本当に残念(>_<)

239ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 06:19:34.06ID:NfKnuh5I
中山がソウル五輪で得意の飛び出しが出来なかったのは体調が悪かったからと言っていた
前年までと違って猛練習をすると疲労が抜けなくなったと言っている
当時28歳で奇しくも瀬古がロサンゼルス五輪の時と同年齢

240ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 08:35:50.81ID:mgXkOhq0
>>224
アメリカは知らんがヨーロッパはそうだね。
だからオリンピック最終日は男子1500とマイルリレー

241ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 09:53:33.94ID:UwGvv0Qd
ソウルの中山は集団の中で動き過ぎた感がある。

242ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 10:24:14.14ID:UWuSoTA7
>>233
(今は見る影もない)イギリスのマラソン選手は優秀だったけど、五輪には不思議と縁が
なかった。戦後でもピータース、ヒートレー、アドコックス、ヒル、トムプソン、ヒュー・ジョーンズ、
スティーブ・ジョーンズとかの名前がすぐ浮かぶけど、ヒートレーが東京で銀を取ったくらい。
トムプソン、S・ジョーンズに至っては五輪出場も叶っていない。寧ろ下馬評にも挙がってい
なかったスペンディングが銅を取って驚かせた。トラックでは無敵のファラーもマラソンは駄目そう
だし。

243ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 10:29:25.65ID:8OirQeBr
つべに中山10000m日本新が出てる。まさか見れる日が来るとは思わなかったよ。

244ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 10:53:00.16ID:3s9ZUtHA
>>243 日本語での中継があったのが凄い。また中山が最後の一周で2位との差をかなり詰めている
のは大したもの。

245ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 14:33:10.72ID:CN9jF42I
スピードがないと言われていた中山が結構ラストで火事場のクソ力を発揮する。
86年にもあった。スポニチ国際だったか。直前の兵庫リレーカーニバルで
イカンガー(タンザニア)にラスト勝負で敗れていたが、この日のラストは
超絶ラストスパートを掛けた新宅雅也の横で必死の追走。新宅には競り負けたが
二人揃ってイカンガーを大逆転。兵庫で敗れていた相手にリベンジを果たし、
だんだん「スピードがない」という外野の声を黙らせていった感がある。
この時期、1万の記録は右肩上がりで上昇。翌年の日本新につなげる。

246ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 14:40:48.78ID:GeG/RbLK
中山って10000のセカンドベストいくつだっけ

247ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/01(月) 15:01:49.37ID:CN9jF42I
中山は実は27分台は一度きり。28分07秒台がセカンドタイム。

248ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 07:56:46.37ID:QGWZ94o4
こうして見ると、やはり中山の最盛期は87年だなあ。

249ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 09:14:20.99ID:2S2JKB4E
せこい

250ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 09:46:59.28ID:MdDr52TA
>>248
最盛期があと1年遅れていれば五輪のメダリストになれただろうにね。

251ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 10:38:58.40ID:UXfxBKR4
金メダル級の実力派だった。

252ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 13:50:51.07ID:le0Zu18Z
瀬古は言動とかがなんか勘違いしてるんだよな
頭が悪いことを自覚したほうがいいと思う

253ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 22:15:03.24ID:hV4HsYTi
瀬古のイメージを悪くしたのはやはりソウル五輪予選における未練がましさだろう
故障で福岡を欠場し満を持して臨んだびわ湖毎日マラソン
優勝したものの後半は完全にばてて2時間12分41秒の低調な記録でゴール
更にインタビューでは「暑くてが向かい風が強かった」など言い訳ばかり
「納得できる走りだった」と自画自賛するに至り解説者の宇佐美彰朗氏もあきれていた

254ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 22:20:02.07ID:ytGrexOt
琵琶湖が暑かったのは本当
西監督が昔暑さのあまりふらふらでゴール後
倒れとったよ

255ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/02(火) 22:21:14.15ID:PmoOoBK4
親切な人が貴重な動画アップしてくれた

瀬古5000m日本新記録。スパートが半端ない
https://www.youtube.com/watch?v=WJ5Cp7Ev-Jc

中山10000m日本新記録
https://www.youtube.com/watch?v=539V9LGHMFo

256ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/03(水) 11:49:21.92ID:ZWeYQGmF
オリンピック選手に夢の大挑戦スペシャル マラソン中山竹通に挑戦!!
その1 そのまん東・ダチョウ倶楽部
https://www.youtube.com/watch?v=HzUW8BSEbf0
その2
https://www.youtube.com/watch?v=0J-AqF7WaGs
その3
https://www.youtube.com/watch?v=bmJos1Wizhc

10kmちょいのレース。中山は15分遅れでスタート。
そのまんま東は4分10秒/kmくらいで走り続け、ラスト3分40秒/kmまでペース上げててすごい

257ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/03(水) 11:54:53.79ID:al0EbzeV
>>254
暑かったにせよ本番の五輪程ではないので、結局のところソウルでの惨敗は必至だった。
そんな奴を救済措置で選んでどうするという声は多かった。また計算高く言い訳がましく
ずるいのが、ソウルで凡走をして9位でゴールする際にガッツポーズだか万歳をして、体調不良
の割に好走した、を強烈にアピールしようとした事。

258ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/03(水) 17:14:34.58ID:7FB86qyi
>>255
瀬古日本新は、ロンドンのプジョータルボット・ゲームズですね。
この年はロンドン・マラソンに優勝していてロンドンで2勝。
スティーブ・ジョーンズに先着したのも実に意義深いレースでした。

259ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 06:15:31.02ID:ub6AZZqC
中山が1万で日本新をだした時、世界記録との差は22秒くらい。世界が意外に近かった。

260ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 06:42:53.04ID:tX1KIucP
当時10000m世界記録者がポルトガルのフェルナンド・マメーデ
しかしロペスと違って大試合に弱くオリンピックも世界陸上も入賞さえできなかった
87年の福岡国際マラソンに出場したが全く見せ場を作れないまま途中棄権した

261ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 10:01:45.85ID:Os765wt5
あの時瀬古が選ばれたのは日本マラソン史上最悪に不公平な選考だと思う。
瀬古利彦枠を1つ用意していたようなものだと思ったよ。でもソウル五輪での
走りは悪くなかった。ゴールでのあれは完全燃焼したという気持ちの表れだ
と思う。

262ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 12:11:15.97ID:7FS3za65
瀬古を選びたくて仕方ない日本陸連の本音

263ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 18:40:22.20ID:tDXDnR40
選手層の厚さを世界に誇示したかった日本陸連。五輪代表ごっこでルンルン。しかし大好きな瀬古がまさかの骨折で温泉気分も吹っ飛んだ。

264ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/04(木) 21:48:57.24ID:tX1KIucP
当時陸連の五輪マラソン選考会で必ずと言っていいほど口を出したのが小掛照二
まだ選考会が残っているにも拘らず個人の判断で有力選手の五輪出場内定をマスコミに漏らすなど軽率な言動が多い人だった

265ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/05(金) 02:56:02.03ID:DU/GNsif
織田幹雄氏も存命中でしたな

266ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/05(金) 07:40:16.56ID:iabhcoG5
三段跳びの選手だった人がオリンピックマラソン強化委員長

267ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/06(土) 01:27:38.37ID:uoAsUTkN
1988年びわ湖毎日マラソンと瀬古のインタビュー動画
https://www.youtube.com/watch?v=B2Eu_EveQjo

268ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/06(土) 09:24:07.63ID:XDVnc60M
スポンジの水も口に含むほど、なりふり構わず走っていた。「強い瀬古」の面影なし。
しかし優勝は優勝。

269ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/06(土) 14:14:17.74ID:fuB0BMOP
>>267
もう31年も前の懐かしい映像ですなあ。

270ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/06(土) 14:42:15.49ID:aNvSiySP
ソウルの代表は瀬古よりも工藤のほうが良かった

271ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/06(土) 21:49:35.67ID:wb6TUm+W
小掛もメルボルン前に公認世界記録を大幅に破って期待されながらコンディションニングを
失敗して入賞出来なかったので、瀬古と似たような面を併せ持つ。

272ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/07(日) 02:54:57.40ID:Sz6ER5H0
その年に生まれた瀬古利彦

273ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/07(日) 21:57:28.16ID:PERtcSxO
「瀬古はマシン。間違いなく世界最強」と評したのがスティーブ・ジョーンズ。

274ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/08(月) 04:39:49.71ID:hQNeyDiu
86年ソウルアジア大会は瀬古が5000m出場する予定だった
ところが10000mにエントリーされていたことが試合前日に判明
急いでソウルに行って試合に臨んだが腹痛を起こし銅メダルに終わる

275ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/08(月) 09:55:41.52ID:i6OiE36N
29分半くらい掛かる。途中、歩き出す場面も。それでも3位。
1か月後のシカゴでは快勝。

276ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/08(月) 22:05:22.53ID:hQNeyDiu
>>274
このアジア大会で中山はマラソンに出場し2時間8分21秒の大会新記録で優勝した
その雄姿を見た韓国人の黄は感動してマラソン選手になることを決意したという
この頃から中山が陸連の瀬古優遇を批判し始めたように記憶している

277ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/09(火) 02:58:55.86ID:t706KHgD
https://sports9.5ch.net/test/read.cgi/athletics/1148916008/
この過去スレを読めばもう十分論議は尽くされていたと思う

389(前略)
      瀬古という目標があっての中山だったのだろう 
      何かソウル五輪後は輝きを失っていた感じがした

278ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/09(火) 13:27:04.61ID:0uaNYhQM
ソウル以降、緩やかに下降傾向にあったが、それでもバルセロナまで、良く持った。

279ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/10(水) 20:45:24.09ID:VMm6Lijq
バルセロナでは、映像では映らなかったが、最後、競技場に入ってから、フライガングと3位争いをしていた中山が、一旦、フライガングを引き離したらしいからな

280ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/11(木) 17:46:12.02ID:gq0Orkf6
87年の福岡の映像を見返すと、サイモンの入りが驚異的で尚且つ5-10kmでスピードアップ。
さしものの中山も10km過ぎまでサイモンを捕らえることが出来なかった。中山も25kmまでは
軽快だったけど、35kmから急落、ゴール後のインタビューでは思いの外ヘロヘロだったね。

281ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/11(木) 20:22:39.66ID:um911bam
サイモンは、追いつかれると、あわててペース上げて引き離しにかかる無茶苦茶なレース運びだな。
これが終盤ならともかくな。
喜多の解説が結構的確。

282ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/11(木) 23:21:40.94ID:NuqPbC4y
喜多は五輪争いからは一歩引いた立場だったが、この後も渋い活躍があった。
90ロッテルダムで上位に入っている筈。

283ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/12(金) 12:15:34.81ID:8HkiH77U
サイモンが中山の闘争心に火をつけてしまった。
中山の敵は「見えない瀬古」であり、レースに参加していた選手たちは、正直誰も
眼中になかっただろう。

284ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/12(金) 23:07:10.93ID:NWgjwA+t
>>281
ドリンク飲んでなかったから失速した。

285ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/12(金) 23:08:24.70ID:/U7kUhcN
>>280
間違えた、中山はドリンクを一度もとってなかった。
+寒さで失速した。

286ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 08:46:56.27ID:Hi0uvmCE
「世界の瀬古」も早や63歳

287ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 11:57:27.15ID:qqStRJS4
>>270
結果論だがソウル五輪は新宅より上だったわけだし瀬古さん選出は
間違ってはいなかったと思う。

288ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 14:05:01.73ID:g93QBS05
>>287
特別措置で選んだのに9位では意味がないだろう。選手にやる気をなくすばかりか、
その後の選考のゴタゴタの元凶にもなった。工藤でも9位程度にはなれたかもしれない。
よしんば40位程度でもスッキリした選考は何にも代え難い。

289ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 20:31:32.02ID:g93QBS05
1986年のソウルアジア大会
https://m.youtube.com/watch?v=h4B7N4y35Mc
26分辺りから5000m、最後にマラソンがある。5000には新宅、金井のヱスビーコンビが出て
ラスト2周からのスパートで勝負あったかに見えたが、スパートが早すぎて韓国の金に追い抜かれ、
確実に金と思われた5000を落とす。マラソンは2kmも行かないうちに中山が谷口を千切って、
世界記録ペースで爆走。後半ペースダウンしたものの8分21秒で圧勝。
因みに10000では瀬古と新宅が登場したが、新宅が合図してペースアップした6200付近で
瀬古は付いて行けず、腹を抑えて立ち止まる信じられない光景。結局新宅が楽勝したが、
瀬古は1分遅れの銅。衰えを感じさせる信じられないシーンであった。尤も、この原因には
陸連(小掛監督)の失態があった。というのも瀬古は10000にエントリーしていたものの、
小掛の意向で2週間前に5000にエントリー変更を依頼された。その準備で走り込みをしていた
ところエントリー変更が却下されて元の10000で走らざるを得なくなった点に同情の余地がある。

290ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 21:39:25.01ID:YTo9q2HA
>>289
エスビーの中村清監督は1年前に渓流釣り出掛けに足を滑らせ川に転落し亡くなっていた
代わりにアジア大会の結果に怒り心頭だったのは織田幹雄氏だった
特に5000mの試合内容がお粗末で韓国選手に自信をつけさせてしまったと語った

291ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/15(月) 22:04:14.48ID:g93QBS05
因みに86年のアジア大会での10000は9月29日。瀬古が生涯最高記録で優勝した
シカゴマラソンが10月26日。無理からぬ点もあった。最初から出場要請を断る
べきであったろう。中村監督が健在だったら出ていない。

292ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/16(火) 13:32:22.99ID:knjR1/Oz
出る必要もない。もともと新宅と金井で勝たせる計画のアジア大会。

293ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/16(火) 19:17:11.38ID:Nh6jbO4K
そういや中山息子ってどうした?

294ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/16(火) 20:40:53.42ID:o+mAslKY
>>292
そもそも混乱の一端は金井の不調にあって、全くあてに出来んから瀬古に頼み込んだ。
5000は10月3日で、よりシカゴに近くなるので表に出た話は小掛が自らを悪者に仕立て上げ
たお話である可能性もある。どちらにせよ瀬古は9月24日に40kmの走り込みをしている。
若い頃でも過集中で連戦の効かないタイプだったから器用な切り替えは尚更出来なかった
のだろう。この時、無理にアジア大会に出て貰ったのがソウル代表選考の伏線になっている
というのが自然なストーリー。

295ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/17(水) 05:00:36.30ID:smKsKXWY
瀬古はその年の4月ロンドンマラソンで優勝し6月日本選手権10000mに出場した。
その試合に中山も出場し新宅が優勝、瀬古が2位で中山が4位か5位だったはず。

296ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/17(水) 08:15:17.54ID:OO9qIsm6
中山4位。3位が阿久津浩三。

297ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/17(水) 22:56:19.97ID:smKsKXWY
>>296
ありがとうございました。
阿久津は病院で職員をしながら練習しソウル五輪10000mに出場した努力家。
もっと世間から評価されるべき選手だと思う。

298ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/18(木) 20:07:04.74ID:tvqh4LP5
小柄で地味に凄い選手。86年あたりから、にわかに台頭。

299ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/19(金) 07:33:57.18ID:+O2CyRf4
>>294
アテネ五輪選考会の時も小掛は小出監督に高橋尚子は名古屋に出場しなくても当確と言ったらしい
結果落選で高橋尚子のアテネ五輪出場に賛成した委員は他にいなかったという

300ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/19(金) 09:11:29.30ID:Uo57p8kc
小掛氏は振り回す男である。

301ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/19(金) 10:35:50.71ID:d4OGp9g0
(瀬古の無理なスケジュールはあるにせよ)86年アジア大会でのSB勢の惨敗はかなり
批判されていた。急先鋒が中山であるが、当時の月陸等の雑誌を見ても選手権を嘗めて
いるとしか思えない、猛省を促す、等の過激な言葉が並んでおり、後の政治的発言を
極力控える編集方針と真逆の記事が並んでいた。

302ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/19(金) 16:06:58.16ID:r7GW2TWI
金井は、この辺り完全にスランプ期だったような…

303ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/21(日) 11:03:34.53ID:Uyo7SEUw
金井は早大入学当時から瀬古二世と呼ばれたがマラソン向きではなかったと思う。
800m日本記録保持者の森本葵氏が中距離選手層の枯渇を憂いていた。

304ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/21(日) 11:27:52.02ID:RwAVYjSQ
>>303
そうだね。高校時代に800mで高校新を出し同着優勝しているし、トラックで切れ味鋭い
ラストスパートを極めた方が良かった。実際、ロードでは箱根で区間賞も取れていないし、
中村孝生や遠藤司同様マラソン向きではなかった。ロスで期待以上の入賞をしてから85年前半まで
絶好調で瀬古を一蹴する力を発揮していたけど、故障だったのか体調不良だったのか覚えて
いないが元の金井に戻ってしまった。

305ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/21(日) 13:11:59.57ID:+HQ5vvbq
中村清門下だったのが微妙に影を落としていると思う

306ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/21(日) 13:12:47.96ID:uN85gdR+
マラソンは芸術です

307ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/24(水) 07:26:54.37ID:y/oZ6Dsh
高校時代400の選手だった篠田正浩氏も中村氏の勧めによって長距離転向。
箱根駅伝2区を走っている。

308ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/25(木) 09:28:41.80ID:HS5WAuCr
>>307
http://www5.nikkansports.com/sports/hakone-ekiden/2011/column/archives/20101223_6679.html
だね。篠田は区間5位の好走だったが、その後は走っていない。走る事より映画製作に没頭したか。
中村も(幾らベルリン五輪で惨敗して孫基禎の優勝を目の当たりにしたと言っても)中距離選手だった
のにマラソンのみならず駅伝好きというのも変わっているよね。戦後の第一期競争部監督時代は
箱根優勝こそ2回あったものの、大した選手は育っていない。やはり瀬古は彼にとっても宝だった
のだろう。

309ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/25(木) 13:36:33.63ID:q7D8xeeL
篠田氏の高校時代の400のベストタイムは52秒台。大学入学直後、
中村監督から「キミのスピードでは400では通用しない。だけどキミの
400のスピードを生かして長距離に転向すれば通用するな」と転向を
持ちかけられた。
中村監督の長距離信奉は揺るぎない。もし現代に生きていたら、
クレイアーロン竜波は何が何でも欲しがるだろう。
そうして箱根駅伝を走らせようとするに違いない。

310ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/25(木) 21:31:17.27ID:i3goxoIx
世界一になれると言ったら俺の糞を食べれるか?

311ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/26(金) 09:54:16.00ID:Fql891Uy
中村と言えば、昭和29年の箱根駅伝の昼田の失神ゴールが有名。早大の10区・昼田は、新橋付近で失神しながらも中村監督の
「都の西北」に励まされ、 そのままゴールし、優勝。

312ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/26(金) 12:26:55.30ID:4f7A+Of1
次に早稲田が優勝するのが30年後。その時も中村氏が指導していた。

313ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/26(金) 20:19:37.00ID:LyTAtqPc
昭和59年の早稲田は2位の日体大を除いてすべての大学を繰り上げスタートにしてしまう
現代では考えられないほどの圧勝だった。

314ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 01:57:09.92ID:+381Kb2F
>>313
 1区 田原貴之 区間5位
 2区 坂口泰  区間2位
 3区 高橋昇  区間4位
 4区 高橋雅哉 区間1位(区間新)
 5区 木下哲彦 区間2位
 6区 越智房樹 区間5位
 7区 伊藤雅弘 区間1位
 8区 川越学  区間1位
 9区 谷口伴之 区間1位 
10区 遠藤司  区間1位(区間新)
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/taikai/60kai/60_m.html

315ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 02:13:20.14ID:+381Kb2F
早大の総合優勝より東大が予選会を通過して箱根駅伝に初出場したことの方が凄いと思う

316ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 06:06:59.67ID:E5I9C+wY
この年は記念大会で増枠だったことが大きい。

317ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 08:01:25.50ID:GXJQSStH
東大、17位で明治に先着していたんだ。東京学芸大とか慶応とか記念大会の
恩恵を受けたとしか思えない出場校もある。

318ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 08:04:17.54ID:GXJQSStH
競歩が本職の園原が明治の8区を走っている。

319ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 10:55:51.13ID:UvelxmpD
この時はもう卒業していたけど、東大の瀬古君と呼ばれた坂本 修一が活躍して関東インカレで
2位等の実力を示していた。東大卒業後、旭化成で暫く走っていたけど、現在は専務だな。
https://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/aboutasahi/officer/

320ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 13:00:54.49ID:DfQlc3hZ
早稲田は翌年も伊藤雅弘7区だったが、ややこしいことに別人。
田原→遠藤→坂内→高橋雅→木下→赤堀→伊藤→尾崎→川越→豊福で2連覇

321ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/27(土) 20:32:56.28ID:+381Kb2F
箱根駅伝を走ったことのあるオリンピック代表選手
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/kojin/daihyou/kojin0311.html
冬季五輪に出場した選手もいる

322ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/28(日) 02:48:37.46ID:P1a2SFeL
ベルリンの金と銅は半島系だった。

323ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/28(日) 03:16:49.12ID:zaJB7l0c
中村清だってソウル出身じゃん。

324ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/28(日) 08:04:38.55ID:H1UDmIuv
朝鮮籍の木下哲彦を韓国籍にしてソウル五輪に出場させたがっていた。

325ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/28(日) 09:50:00.01ID:zaJB7l0c
>>324
結局、金さんは韓国籍に変更して4年遅れでバルセロナを目指したが、金メダルを
取る等、急激にレベルアップした韓国勢の中で代表権を勝ち取る事は叶わなかった。
中村見込み通り早く準備してソウルを目指せたら代表になれただろう。

326ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/29(月) 08:55:12.77ID:EqClx/OY
87年別大3位の時の記録は実は韓国記録よりも上。

327ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/29(月) 15:37:50.38ID:wOimwx+D
中村清は中山竹通に目を付けたと聞くが。

328ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/30(火) 03:40:28.57ID:epf5Vwr6
>>327
自分が中山竹通の名を始めて知ったのは1983年の中日ロードレースだった。
男子30kmは中村孝生が優勝し女子20kmは佐々木七恵が2位だったと記憶している。
その時の男子30kmの3位に当時無名の中山竹通という名前が新聞に書いてあった。
おそらくこの時のことだと思う。
中村清とマラソンに対する考え方が正反対の中山だから決裂したと思う。

329ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/30(火) 13:41:59.38ID:dggUtWpo
究極の一匹狼・中山は、今見ても異端児で、面白さは別格だった。
こういう男を逆に指導者にしたら面白いのだが。

330ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/30(火) 22:44:00.66ID:epf5Vwr6
過去スレ参照
天才ランナー 中山竹通を語ろう
https://schiphol.5ch.net/test/read.cgi/athletics/1206226825/

331ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/31(水) 09:44:47.96ID:xpPFoyLW
>>330
中山ネタで100幾つしかレスが付かなかったのは残念としか言いようがない。

332ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/31(水) 09:53:36.97ID:xpPFoyLW
天才と言うより異才と私は見ていたが。

333ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/31(水) 18:40:05.20ID:4zYQ7smI
鬼才・中山

334ゼッケン774さん@ラストコール2019/07/31(水) 22:30:28.71ID:Md3sSAuW
スタートから高速で飛び出して優勝した選手はフランク・ショーター
ショータ―福岡国際マラソン4連覇した時の最初5kmのラップタイム
71年 14:44
72年 14:52 
73年 14:36
74年 15:00
以降の福岡国際マラソン優勝者5kmラップタイム
75年 15:15 ドレイトン
76年 15:19 ドレイトン
77年 15:19 ロジャース
78年 15:27 瀬古
79年 15:25 瀬古
80年 15:27 瀬古
81年 15:31 キャステラ
82年 15:25 バリンジャ―
83年 15:18 瀬古
84年 15:36 中山
85年 14:56 新宅
86年 15:15 イカンガ―
87年 14:35 中山
88年 15:35 渋谷
89年 15:29 マティアス

335ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/01(木) 10:32:43.96ID:TLmKpzN7
ショーターは記録よりも勝負強さが際立つ大選手

336ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 07:08:07.61ID:Ra3niurA
ショーターの後、ビル・ロジャースが台頭する。アメリカ華やかなりし時代。

337ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 08:50:54.39ID:PgWxo4aI
ペースメーカーがいない時代は毎年ペース展開が変わって面白いな

338ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 14:31:13.23ID:2J+GzRou
中村清は独占欲が強く有望選手を全部自分の支配下に置きたかったのではないか。
有名なのは急遽台頭してきた増田明美に秋波を送ったが、瀧田を通して袖にされた
事と、それに対抗すべく駄馬と思っていた佐々木七重を徹底的に鍛えて意趣返しを
しようとした事。ロス五輪でも増田だけには負けられないとおかしな対抗意識を
燃やし、微妙な成績で佐々木がゴールし、増田は棄権で実質的に引退に追い込まれた。
その一方で、中村不在の瀬古は暑い北海道で調整を失敗し、血尿を出し、ロス五輪の
惨敗に繋がった。

339ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 16:32:20.38ID:2J+GzRou
>>335
記録でも彼がベストを出した72年の福岡の優勝タイムは当時世界歴代3位。
レース中の大便も複数回やっている。

340ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 18:36:51.86ID:TVvEQse3
勿論今の方が記録は上だけど個々のキャラが際立っていた当時のマラソンのほうが親しみ深い

341ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 21:30:12.62ID:PgWxo4aI
80年代は一発野郎が少ないなあ

342ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 22:55:09.29ID:9OYEyeL8
80年代の一発屋は少ないというより浮かばない。

343ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/02(金) 23:13:58.77ID:+Mk+9KGm
児玉泰介

344ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 00:40:07.80ID:BmlfUoCJ
大槻憲一が好調だった71-73は実業団駅伝の最長6区で3年連続区間賞を取っている。
72年の福岡では競技場でセポ・ニッカリを抜き3位に入った。翌74年の6区区間賞は
20歳の伊藤国光で年を明けての熊日30キロで日本新。翌75年の6区の鎌田の記録は
瀬古に破られる迄長く残り、年明けの熊日で伊藤の記録を1分以上更新する日本新で、
トラックシーズンに入っても無敗で日本選手権も2冠で代表を手繰り寄せた。こんな
感じで実業団駅伝の最長区や熊日が伸びる選手の指標になっていた。

345ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 02:11:13.13ID:BmlfUoCJ
因みに71年の熊日は年末の福岡で世界歴代3位の記録で優勝した宇佐美が日本新で優勝。
73年には年末の福岡で3位の大槻が優勝。74年には箱根と別府(2位、初マラソン日本記録)
で活躍した服部誠が優勝している。

346ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 08:44:52.18ID:PYKzkVRn
宇佐美は毎日マラソン独走優勝オリンピック惨敗を繰り返して次第に衰えていた。
モントリオール五輪マラソン代表は2人に減らすことも検討された。
しかし他種目の出場枠を削ってもマラソン3人枠を維持する方針が決定された。
高橋進コーチは喜多秀着を10000m代表に強く推薦したが却下された。
喜多はモスクワ五輪10000m代表に選出されたがボイコットで幻の代表になった。
ロサンゼルス五輪はマラソンで出場を目指したが瀬古宗兄弟の厚い壁に阻まれた。

347ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 13:56:03.98ID:BmlfUoCJ
喜多秀樹は記録面でも運がなかった。彼は75年6月30日と80年7月7日に日本記録を上回りながら、
何も日本人選手に先着を許し記録変遷史に名を残す事はなかった。後者については鎌田の記録を
4/100秒上回りながら当時は1/10秒単位で公認されたので日本タイと発表された。このレース
での1位は瀬古で27:43:44で3位の伊藤が27:47:35、喜多は27:47:59で5位だった。前者では高尾信昭
が沢木の記録を7年ぶりに25秒余更新する28:10:47(6位)で、喜多は順位不明ながら28:32:0の日本新
だった。因みにに高尾はこの年の2月に奥さんを亡くし、奮起したのか日本選手権2冠の勢いで
日本記録の大幅更新に繋げた。しかし、糸が切れた様に翌年の活躍は全くなく、五輪代表を掴む
事はなかった。

348ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 14:42:34.74ID:/IZVvzZ4
喜多は好不調の波が激しい代わりにラストが素晴らしく切れた。競り合いに強かった。

349ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/03(土) 17:28:02.17ID:N5OYL3v0
>>348
北京マラソンだったか伊藤国光とラストスプリント勝負で勝って優勝したはず。
伊藤はトラックのスピードあり、マラソンも安定していたが
勝負勘がイマイチだったのが残念。
その後、カネボウで高岡を世界トップレベルに育てたが
師匠に似たのか高岡も勝負という面ではイマイチだった。

350ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/04(日) 06:45:08.61ID:f7r/UnEn
記録はあっても確かに勝負強いとは言えなかった高岡。
福岡での3位が惜しまれる。

351ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/04(日) 17:21:22.63ID:38DrBdEm
高岡は広島アジア大会2冠とじゃシドニー五輪の10000での7位入賞、アトランタ五輪の
最終選考会である日本選手権での鮮やかな逆転勝ち等もあるから必ずしも勝負弱い印象は
ない。ただマラソンに関しては2003年の福岡の仕掛けが少し早過ぎたのは返す返すも
残念。僅かの差の3位だし、世界選手権5位の油谷との比較も微妙だった。どちらかと
言えば運がなかった。実際、92年もバルセロナの代表が決まった後の欧州遠征で5000の
日本新を出したけど、後の祭りだった。

352ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/04(日) 19:10:02.43ID:IMdKBDSC
そういや高岡と阪神の藤波って似てるね。

353ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/04(日) 20:53:47.18ID:cf5bR0oV
高岡はマラソン転向が遅すぎたと思う。
25歳頃からマラソンを走っていれば五輪金と世界記録両方出来た可能性もあった。
日本人がオリンピックで金メダルを獲得できる可能性があった選手は高岡が最後だろう。

354ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/05(月) 01:22:55.54ID:PohOQr/7
渡辺康幸の故障による早期引退も惜しまれる。

355ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/07(水) 19:29:20.08ID:S1MPIEaW
高岡とタピオカって似てるよね。

356ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/07(水) 23:18:34.01ID:od5l1hhj
大学生で日本新出したといっても10000は29分台だからね
故障がちで距離を踏めないタイプだから徐々に距離を伸ばす必要があった
しかし後付だけどマラソン適性は抜群にあった

357ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/08(木) 16:31:54.62ID:Y1Smacrm
関東の大学に行かなかったのは大正解。箱根にこだわらないトレーニングが出来て
距離を踏むよりもじっくりとスピード強化に取り組む練習が出来た。

358ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/09(金) 07:00:20.17ID:1Ykdfsqm
洛南高校時代にいた同期の秋山武史って、いつの間にか消えた。

359ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/10(土) 18:33:31.48ID:A0gLCFaM
早田俊幸も初マラソンでは森下中山に次ぐ3位になったがその後はやや期待外れだった。

360ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/10(土) 18:42:20.26ID:U+LJd1Bi
ちんぽは本当に神

361ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/10(土) 23:48:05.98ID:Wf54cju+
いにしえの野球少年・早田

362ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/13(火) 10:00:18.21ID:QZ7Cp5Ci
実家に1935年の日本学生陸上競技聯合の欧州遠征記があった。中村清は遠征に参加して
おらず、長距離の中心は翌年ヒトラーの心を捉えた村社講平、中距離の中心は青地琢磨
だった。

363ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/14(水) 17:05:12.81ID:G2wT3QrN
1500元日本記録保持者・中村清

364ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/14(水) 17:54:13.24ID:3iWHIEgZ
ベルリン五輪10000でのサルミネン等のフィンランド勢vs村社講平
https://m.youtube.com/watch?v=_MoQr52oxqU
最後の1周で置いていかれたが、ヒトラーがいたく感激したとのこと。50000も
似たようなレースで村社は4位。この時の村社が五輪、世界選手権での両種目
の最高成績になっている。

365ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/15(木) 09:40:06.31ID:ZN1PC8Gq
今にして思えば、たいへんな偉業。

366ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/15(木) 11:01:42.51ID:BuAovJhD
>>364
モスクワ世界陸上10000mの新谷を彷彿させる。
こんなに観客を熱狂させる選手が出て欲しい。

367ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/16(金) 21:51:58.32ID:2xMUpHEk
ミュンヘン五輪で優勝したショーターにストップをかける男として期待されたのは
イアン・トンプソンだった。デビューマラソンを好記録で制して出場した英連邦大会
https://m.youtube.com/watch?v=4fwdXKXp2co
は圧巻で世界歴2位の記録で圧勝した。その後の欧州選手権も制して74年は彼の年だった
と言ってよかろう。2強が走らなかった75年を経て76年モントリオール五輪での対決が
期待されたが、トンプソンは国内予選でまさかの7位で代表として選ばれなかった。
五輪後の福岡に来て2位になったが、世界記録を期待出来る走りからは程遠かった。

368ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/16(金) 23:00:56.49ID:2xMUpHEk
因みに同じ大会の1500mでは1、2位が世界記録を上回り、3位も世界歴代4位の好記録だった。
レースの後半は
https://m.youtube.com/watch?v=xjhC-1W9QTE
で観られる。前半から大きくリードするのがフィルバート・バイ(タンザニア)で、この年、
1500と1マイルの世界記録保持者となった。2位のジョン・ウォーカーは翌年史上初めて
1マイル3分50秒を切る大記録を打ち立て、アフリカ勢不在のモントリオール五輪の覇者
となった。2人の1500と1マイルの世界記録は1979年にセバスチャン・コーによって破られる。

369ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 03:23:46.73ID:ANdXDLFM
>>367
74年英連邦大会は世界最高記録保持者のデレク・クレイトンも出場したが途中棄権。
足底筋膜炎など故障が多く医者の忠告もありこの大会を最後に引退した。
マラソン22戦14勝の怪物も2度のオリンピックでは7位と13位に終わった。
女子のラドクリフなどオリンピックのマラソンは本命だった選手が不振なことが多い。

370ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 10:13:55.16ID:zhUZezQt
ただし、五輪で負けても勝率の高さは文句のつけようがない。立派なものだ。
瀬古氏は15戦10勝だったと記憶している。

371ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 11:45:04.84ID:z2vgsLqD
クレイトンは2回世界記録を更新し、(距離疑惑があったにせよ)世界記録を14年以上
保持し続けた。世界記録の保持期間としては最長。
 世界記録を2回以上更新した人はピータース(4回)、アベベ、ハヌーシ、ゲブレシラシエ
と彼の5人。このうちアベベを除く4人は五輪マラソンでは不発。特にハヌーシとゲブは
全盛期に五輪がありながら出場機会すら失っている。(シドニーのハヌーシは国籍変更で
そもそもエントリー資格がなかったが)。
 年別の世界最高も67,69,71年の3回。これも4回のゲブ(05-08)に続き史上2位タイ。
因みに年別最高3回を記録しているのは他にピータネン(46-48),ピータース(52-54),
ポポフ(57-59),ド・キャスティラ(81,83,86),キプチョゲ(15,17,18). クレイトンが
歴史に残る大選手であったのは間違いない。

372ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 13:05:42.29ID:z2vgsLqD
年別ランキング1位を取った日本人は戦後5人が5回。61年の中尾隆行(中京大)、65年の
重森森雄(福岡大)、78年の宗茂、87年の中山、91年の森下である。瀬古は長過ぎた83年に
1秒差でトップを取り損ねた等、トップになる事はなかった。

(距離の信頼性が乏しいと言え)戦前にランキング1位を取った日本人は多く、
孫基禎(2回)等韓国人を含めると9人10回トップであった。特に30年代は30、32-36、
39でトップであり、ベルリン五輪の金は必然であったといえよう。

373ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 19:06:05.13ID:gzoBEs8U
78年宗茂は70年代歴代1位と知って驚き

374ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/17(土) 21:25:06.92ID:igaXiczg
65年ボストン・ウインザー(アベベの世界記録を更新)マラソン優勝の重松森雄は86年ロンドン・シカゴマラソン優勝の瀬古と同等の価値がある

375ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 05:27:30.96ID:BnrP6bFG
加えてボストン2回優勝の瀬古は、やはりさらに上

376ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 09:34:45.43ID:TLxcM9qp
>>375 ボストン優勝だけでは瀬古が凄い事にならない。最も権威のあった福岡の3連覇
をはじめ今では日本人がペースメーカーのラップが公開された段階で敗戦が決まるロンドンや
シカゴでも優勝した瀬古としないと。
実際、重森も65年のボストンを優勝している(2位も宍戸)。66年では日本人が4位まで独占
(優勝は君原)。69年もウネタニが優勝。少なくとも60年代後半でのボストン優勝は難しく
なかった。

377ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 09:55:24.31ID:TLxcM9qp
一応歴史のあったボストンがグダグダになってしまった60年代にIAAFも危機感を持ち
マラソンの世界選手権を作ろうという動きがあった。結局、世界選手権とは銘打たれ
なかったものの世界で唯一のIAAF公認のマラソン選手権が(福岡)国際マラソンであった。
その経緯は
https://www.iaaf.org/news/news/a-history-of-the-fukuoka-international-marath
に詳しい。またpart 2-5で67-70年の大会が詳しく述べられている。このマラソンの権威は
明らかでアメリカのTrack & Filedsの実力ランキングでは68年では五輪優勝者より福岡
優勝者を上に、69年も世界記録を更新したクレイトンより福岡優勝のドレイトンを上に
看做していた。皮肉にも70年に歴代3位で優勝した宇佐美が初めて実力ランキング1位を
逃した選手になった。それでも10回くらいまでは誰もが世界一の大会と考えていた。
皮肉にも日本人の舶来志向とマラソンブームのため日本でも東京マラソン等が創設され
自ら世界一のマラソンをダメにしてしまったのは残念であった。

378ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 10:30:36.38ID:d0drhNdI
81年に開催された東京国際マラソンは読売主催と産経主催とで別々に開催された。
警視庁は警備の都合があり陸連に1本化の要請を行った。
翌年から隔年で主催されることになったが過密日程で既存の大会の権威が低下した。
陸連はテレビ放送権によって莫大な利益を上げたが選手のレベルアップになったかというと疑問である。

379ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 13:38:41.82ID:TLxcM9qp
良く知られている通り東京NY友好マラソン1981(フジサンケイ)のテクニカルディレクターは
東京五輪の最終聖火ランナーだった坂井義則氏であった。レースではロドルフォ・ゴメスが
圧勝し、上位も外国勢が独占したが、映像では5位だった阪本峰照を大きく映した。勝負を
度外視して日本人に焦点を当てる手法は現在では当然だが、当時では斬新であった。その一方で
日本人1位というレースと無関係の価値観を持ち込んでしまった事は功罪相半ばする。

380ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 17:46:37.79ID:TLxcM9qp
1983年ロッテルダムマラソン
https://www.youtube.com/watch?v=WQiOhfpMsac
(幻の)世界記録保持者でマラソン全勝だったサラザールと(真の世界記録保持者で当時)
世界歴代2位で英連邦の覇者のド・キャステラに加えて、サラザールや瀬古と好勝負をした
前年の覇者ゴメス、モントリオール五輪10000銀のロペス等、日本勢以外の世界トップを
集めて世界1決定戦と銘打ったマラソン。結果はサラザールがまさかの敗退(5位)、東京
から僅か2カ月のインターバルのゴメスはほぼ自己ベストの3位。ラストはド・キャステラ
とロペスの一騎打ちで、ド・キャステラが2秒差の2.08.37でゴール。このタイムはこの年の
ランキング1位、ロペスは3位(2位は瀬古で4位が宗猛)。トラックの一流ランナーをラスト
で凌ぐ底知れぬ強さを示したド・キャステラは世界選手権も制し、ロス五輪での本命に躍り出た。
復権を狙ったサラザールは年末の福岡に急遽参戦。途中までイカンガー、瀬古と競い合ったが
宗兄弟に抜かれ5位に終わり、本番での期待はしぼんだ。ロペスは84年に10000で従来の世界記録
を上回る記録でゴール(マメーデに次いで2位なので世界記録保持者にはなれず)。マラソン
ではド・キャステラ、瀬古に次いで3番目の評価を受けるに至り、本番では五輪新で圧勝。

381ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 18:26:12.19ID:d0drhNdI
1982年英連邦大会も好勝負
https://www.youtube.com/watch?v=4-VvFAFWb3w
58分頃からのキャステラとイカンガ―の競り合いからキャステラが抜けだし優勝

382ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 18:48:17.44ID:wr+QL8Np
>>380
83年ロッテルダムは、
ラスト400が60秒くらいのスプリント勝負だったらしい。

383ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 18:56:53.81ID:aQG5MhKl
この時代に瀬古がいたら当時以上になれたのか、それとも当時以下になるのか

384ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 19:00:03.50ID:d0drhNdI
世界選手権のキャステラを見た中村清監督は「スタミナの塊りのような男」と語った。

385ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 19:17:22.83ID:d0drhNdI
ヘルシンキ世界選手権で独走優勝した時のド・キャステラ
https://www.youtube.com/watch?v=uu54HHlNz_I&t=15s

386ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 19:20:52.83ID:MPcbGcqp
キャステラのレースは意外にアップされているんですね。
強さが分かる。ロッテルダムのラスト2.195kmは6分19秒だったとか。

387ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 19:31:35.47ID:d0drhNdI
https://www.youtube.com/watch?v=UWjwP8Gj-B4
マラソンデビュー当時は長髪で走っていたとは驚きです。

388ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 20:06:18.18ID:MPcbGcqp
>>387
いやあ、これは驚いた。キャステラの長髪は確かに見たことないです。
しかし懐かしい選手だなあ。それに強い。
これだけ重厚な走りを見せてくれるマラソン選手は、そうはいない筈です。

82年の英連邦大会は、イカンガーの出世レース。当時は18歳などと紹介
されていた記憶が・・・・・・・
序盤、イカンガーとシャハンガが突っ走り、なかなかキャステラが追い付けない
地元民がジリジリしそうな展開の中、終盤、キャステラが底力を発揮して、
シャハンガを後方に追いやった後、遂にイカンガーに並ぶ展開。
驚いたのは、追いつかれた後のイカンガーに抵抗力が凄くあって、スタミナ切れを
起こしておらず、2度も再度キャステラの前に出て抵抗していたこと。
直後にキャステラがもう一度仕掛けて振り切ったものの、12秒差で2位につける
大健闘。キャステラは最盛期の強さが全般的に滲み出ていたもののイカンガーの
抵抗力も見事だったクオリティの高いレースでした。

389ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 20:09:24.04ID:MPcbGcqp
ヘルシンキで行われた世界選手権は、キャステラが勝つべくして勝った感じでした。
バルチャと競り合っていた時に「おれは、なんて強いんだろう」と思っていながら
走っていたとか。傲慢に聞こえず、結構笑えるコメントでした。
改めて、いい映像ですね。アップ主さんに感謝です。

390ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 21:17:22.40ID:wr+QL8Np
そういえばマメーデが日本で5000m走ったときも凄かったね。
国立競技場でおこなわれた日刊ナイター陸上の5000m。
終始独走で13分08秒54の1983年度世界最高記録。
まだムーアクロフトの13分00秒42が世界記録だったかな。
ちょっと離れて新宅が2番手を1人で走ってたな。

391ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/18(日) 21:55:25.90ID:TLxcM9qp
マメーデのロス五輪10000決勝での途中棄権は不可解だった。予選はトップ通過だったので
好調そうだったのだが。

392ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 04:28:03.77ID:hHSeyswo
マメーデが10000m世界新記録を出した時の映像
https://www.youtube.com/watch?v=yLCJGsuRosk
2位のロペスと共にウイニングラン
ロス五輪直前で10000m金メダル最有力候補だったのだが…

393ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 08:08:44.58ID:4ei+kdkC
勝負強いロペス。87福岡で初マラソン、ロペスの再来か、と期待を持たせたマメーデだったが。

394ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 11:07:51.54ID:+JGBDFKc
一寸マニアックだが78年の欧州選手権10000mの決勝のビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=NmgMo0LHAZo
が興味深い。結果は
https://en.wikipedia.org/wiki/1978_European_Athletics_Championships_%E2%80%93_Men%27s_10,000_metres
にあるが、1位〜3位は当時の世界歴代4-6位の好記録ラッシュ。

1位のバイニオは長く活躍しロス五輪の10000mで2位でゴールしたがドーピングで失格。
83年の世界選手権等のそれまでの記録は有効になっている。モスクワで銀、銅を取って
活躍したマアニンカが後にドーピングを告白しているが、モスクワで活躍出来なかった
バイニオがロスで使ったのみなのか常習なのかはっきりとしない。因みに84年のロッテルダム
マラソンのBサンプルで陽性となっているので五輪のみということはなさそう。

2位のオルチスは78年のハか国陸上のため来日し、瀬古を子ども扱いし、瀬古のトラックへの
未練を絶った事で有名。しかし活躍はこの年のみと言って良い。

3位のアンチポフは80年のDNガランで瀬古が10000mで日本新を作った時の相手。
当時ソ連だったが本来リトアニア出身。モスクワ五輪では活躍出来なかった。

4位のフォスターも好記録でゴールしたが実は彼は6月23日に前年の世界記録を
上回る世界歴代2位の27'30"3で走っていた。彼はモントリオール五輪10000m
でビレン、ロペスに次いで銅を取る等、当時の代表的なランナーで数多くの栄誉に
輝くと共にビジネス界でも成功している(Nike Europe等のvice-presidentを経て
Nova Internationalを創始)。

395ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 12:07:57.91ID:gflnpaI6
当時の陸マガ記事によるとマメーデの400mベストは47秒0だったらしい。
それで、5000mで年度世界最高を出した日刊ナイター陸上の男子400mの優勝記録が
たまたま47秒00だった。半田昌一だったかな。
日本のトップ・スプリンターなみのスピードを持つ選手に
5000mを走られたら勝てるわけがないという記事だったな。
その後に400m46秒台のアウィータが出てくるんだが。

396ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 12:41:12.34ID:uTKqAJ6R
>>395
アウィータは800のタイムから考えると45秒台だろう。

397ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 13:38:15.96ID:Psm2ODIC
アウィータは45秒行けそうだが、たまたまレース機会が乏しく、46秒台がベスト、という
ところではなかろうか。

398ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 13:43:45.48ID:Bt6olMqB
>>394
(誤)1位〜3位は当時の世界歴代4-6位の好記録ラッシュ。
=>(正)1位〜3位は当時の世界歴代5-7位の好記録ラッシュ。

https://sites.google.com/site/projectnurmi/home/world-records/10000m-men-s
は抜けがあるものの10000mの歴代世界記録のビデオが並んでいる垂涎のサイト。

399ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 16:04:26.03ID:gflnpaI6
>>396 >>397
たぶん、そういうことです。
ジェイランもファラーに勝ったとき
「400のベストは?」と聞かれて
「測ったことないから知らない」と言ってましたね。

400ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 16:38:26.25ID:BykbKYj2
>>399
誰がそんな質問したんだよww

401ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 17:16:35.26ID:gflnpaI6
>>400
もう覚えていませんがこういうバカな質問はモッチーあたりでは?

402ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/19(月) 22:33:54.87ID:5F7ew4H3
昔瀬古がボストンでロジャースと競ってた時、中村監督が瀬古は400m49秒台で行ける、と言ってた。
今のマラソントップ選手、大迫や設楽、井上、服部、佐藤悠基は400mどれくらいで行けるだろう?
上野がかろうじて50秒切れるかどうか位で、他はみんな切れないような気がするが

403ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 04:51:12.48ID:FGblRaVI
イフターもラストスパートから推測すると47秒前後ではないだろうか

404ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 12:12:04.93ID:jDD+sw9A
>>403 モスクワ五輪10000のラスト400は54"04で5000が55"03だから21世紀の
キッカー程ではない。例えばエルゲルージはアテネの5000で51"91だった。

405ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 12:59:41.66ID:gcX0TwAf
因みに瀬古は5000mで日本記録を作った時56"54で80年に10000の日本記録を
作った時は57"くらいだったと思う。

406ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 14:56:16.10ID:Mmpzbr8c
イフターのモスクワ五輪のスプリントは凄かったけど、確かにラスト400は、そのくらい
掛かっていた。

407ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 20:00:20.56ID:VkpYWCWn
瀬古が80年のDNガランで27‘43“44の日本記録を出した時のラスト1周は57”2。
0.01秒刻みのラストは最後の1周のトップが通過してからトップがゴールするまでの
時間なので鐘が鳴った後に抜いて優勝した場合には誤差がある。

408ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 21:55:00.70ID:JdYwtC+S
クレイアーロン竜波に将来1万を走らせてみたい

409ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 21:58:05.33ID:GFVF/abb
クレイアーロンの400mは47.2
長距離の適性があればケニエチに対抗できるかも

410ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/20(火) 22:23:54.00ID:VkpYWCWn
2014年に廃止検討された種目だけに今の高校生がシニアになる頃には50km競歩の様に
廃止される危険性がある。そうでなくても日本選手権の期間外種目としてひどい扱い
の上にアジア大会ですら勝負にならないので派遣が見送られるマイナー種目をわざわざ
やらないだろう。クレイアーロンにはマイラーとして名を馳せて欲しい。

411ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/22(木) 03:20:03.60ID:yXTtob1D
クレイアーロンはアウィータの雰囲気を感じる

412ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/22(木) 10:06:00.68ID:A1RPQRt3
スティーブ・クラムvs サイド・アウィータ
史上初めて1500mで3'30"の壁を破ったレース(1985-07-16, Nice, France)
https://www.youtube.com/watch?v=cPzemlXs9qE

サイド・アウィータが史上初めて5000mで13分の壁を破ったレース
https://www.youtube.com/watch?v=Flvg0cZGN40

413ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/22(木) 10:08:49.31ID:zwE69sCY
因みにちょっと古い(1954)が、マイル4分の壁を初めて破ったロジャー・バニスターのレース
https://www.youtube.com/watch?v=wTXoTnp_5sI

414ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/23(金) 04:32:04.27ID:uqAldHTT
どんなに厚い記録の壁でも1度破る選手が出ると後に続く選手が次々に現れる。
短距離もマラソンもフィールド競技も例外ではない。

415ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/23(金) 21:11:25.98ID:Yazaqocf
>>414
しかし陸上の記録の伸びは飽和しており、世界記録の多くは古いものである。男子中長距離も
例外ではなく、順調に記録が更新されているマラソンを除くと、1500が21年、1マイルが
20年、5000が15年、100000が14年も世界記録が更新されておらず、これらは世界記録が公認
される様になってから何も最長のインターバルである。殊にレース数が減っている10000では
記録更新のチャンスが少なく、これで打ち止めになっても驚かない。

416ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/23(金) 21:41:03.12ID:aXLX0zJP
コーメンの3000mと2マイルの世界記録も23年程破られていない。
1マイル4分の壁は1度破られると次々と破る選手が続出したが2マイル
8分の壁を破ったのはコーメンのみ。

417ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 03:17:51.87ID:0jc5lBlw
20歳から22歳にあたる96年から98年にかけてインドア2種目を含めて3種目(3000,2マイル,,
5000)で6個の世界新を出し、未だに2マイルと3000の世界記録保持者であるダニエル・コーメン
は1978年(21歳)に81日間に4つ(3000,3000障害、5000,10000)の世界新を出したヘンリー・ロノの
再来を思わせた。コーメンは97年の世界選手権金は取ったものの、アトランタ、シドニー
両五輪の代表を逃した。ロノもモントリオール、モスクワはケニアのボイコットもあり、
代表にはなれず、81年に自ら5000の記録を更新したものの78年の様な輝きは2度と戻らなかった。
コーメンの低迷の原因は大金と名声が手に入って、尊大化しコーチからも独立し、真剣に
競技に向き合わなかった事が原因の様だが、彼はそれなりに幸せな余生を送っている。
一方、ロノは良く知られている様に後年アル中に苦しみ無一文になって施設に入った事も
あった。現在は立ち直って高校のコーチをしているが名ランナーに相応しい余生とは言い難い。

418ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 04:35:33.63ID:c2ASwOrv
1978年英連邦大会3000障害
https://www.youtube.com/watch?v=d4HWZMnR4_I
ヘンリー・ロノが強すぎて異次元の世界の人間に思える。
真摯な姿勢で練習を続けていたら更に記録を伸ばしていただろう。

419ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 09:38:52.91ID:oKcnMc0I
>>417
シドニー五輪の5000mに出てよい結果を残していれば更に富と名声を
手に入れることが出来たのに勿体無い。ゲブとの世界新合戦は本当に
熱かったよ。

420ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 21:28:36.25ID:0jc5lBlw
コーメンの世界選手権(97)を見るとラスト勝負のキッカーではなく、中盤で不条理と
言える程のペースアップをするタイプの様だ。
https://m.youtube.com/watch?v=b6NEEFcd-1E
例えばこのレースでは3000辺りの2周ではラスト並の58秒とか59秒で走って他の選手を
振り落としている。コーメンと5000の世界記録を交互に更新していたゲブレシラシエは
世界大会では93年を除き10000に専念してコーメンとの対決はなかった。この年は10000
の世界記録を代わる代わる更新していたテルガト、ヒソウとの3強対決だったが、ラスト
600辺りで抜け出し楽勝。シドニー五輪ではラスト200での壮絶なレストスパート合戦で
テルガトを胸の差で交わした。シドニーまでのゲブは、大レースの10000でほぼ無敗だったが、
大レースでのコーメンとの対決がなかったのが惜しまれる。テルガトはあれだけ強かったが
シルバーメダルコレクターになってしまった。

421ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 21:38:29.18ID:0jc5lBlw
ゲブの97年の世界選手権
https://m.youtube.com/watch?v=nQ7TG98gpyQ
シドニー五輪
https://m.youtube.com/watch?v=5PEGZ0bILtw

422ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/24(土) 22:36:16.38ID:0jc5lBlw
全盛期のゲブレシラシエとコーメンの直接対決(テルガトは3位)だった97年のGPチューリヒ
。この時、ゲブレシラシエは世界新。コーメンもケニア新の世界歴代2位。5位のバウマンも
ヨーロッパ新。コーメンがレースを主導したが、ラストの切れ味はゲブが上というのが分かる
好レース。
https://m.youtube.com/watch?v=8TrkL8OqxJU

423ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 08:46:42.12ID:GrG7BWjm
このスレは追いかけるのが大変だ(笑)
ほとんど見たことがない映像で、ありがたい。

424ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 09:34:16.68ID:aftTLwxR
シドニー五輪10000の映像には映っていないが高岡が自己新(日本歴代2位)の記録で7位
入賞を果たした。100000の入賞は史上4人目(村社、円谷、金井に次ぐ)で、今後現れそうも
ない快挙である。
スター選手が10000に集中したため、優勝タイムが13‘35“も切れない凡タイムでウォルデ
が優勝。おまけに2位でゴールした本命だったサンディ・シェフがドーピングで失格という
締まらないレースになった。(youtubeで検索しても見つからない不人気ぶり)。しかし、この
レースで戦後唯一かつ64年ぶりの決勝進出を高岡が果たした事は人知れない快挙と言って
おきたい。予選記録は13’30”を切っており優勝タイムより良く、決勝では14位と言え、優勝者
との差はわずか11秒程であった。

425ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 12:18:26.68ID:h69EnQKq
>>422
コーメンはその敗北から僅か9日後3000mに出場予定だったのを急遽5000m
に変更させて見事世界新を出しました。この大会はテルガトも10000mで世界新
だったりしてすごかった。

426ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 16:15:37.40ID:aftTLwxR
>>424
シドニー五輪の10000mは
https://m.youtube.com/watch?v=b9aSVLV_tOw
の方が前半から鑑賞可能で、高岡の活躍もある程度分かる。彼は7200迄集団に付いて
周回63秒台に上がった7600には遅れた。

427ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 16:19:24.71ID:qucyzitt
トラックで入賞した高岡はやっぱり凄い人。
アテネでマラソンで出て欲しかったなあ。。。。。
マラソンでも結果は出ているけれども。伊藤国光にやっぱり、どこか似ていた。

428ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/25(日) 17:17:56.03ID:WMy9BZfK
コーメンの3000mの世界記録って
あれはほんとに不滅の記録だろうな。
エルゲルージでさえ何度か挑んでダメだったし。

429ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/26(月) 05:41:42.03ID:OjbwogAF
御意

430ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/26(月) 09:46:14.14ID:DbTIyJHJ
コーメンの記録として3000mのレベルが高いのは同意だが、より不朽の記録になりそう
なのは2マイル走の7'58"61である。実際
1.実施回数が少なそう。英連邦のケニア選手はともかくエチオピア選手の参加が余り
期待できない。
2.記録価値は2マイルの方が上。100m当たりに換算すると3000の記録は15"02だが、
2マイルは218m以上長いにも拘わらず14"87.
3.何しろロジャー・バニスターの記録の倍より速く、1マイル日本記録3'58"89の倍
から僅か0"83遅れ。
4.歴代2位に2"47差をつけてぶっちぎり。史上8分を切ったのはコーメンのみ。
ゲブレシラシエ(歴代2位)、ファラー(歴代3位)、ベケレ(歴代5位)も遠く及ばない。

以上から異常にレベルの高い2マイルの世界記録が窺い知れる。

431ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/26(月) 19:41:40.22ID:kh6Tb8Mk
>>430
割り算間違えてないか?3000mの方は14秒69くらいだが。

432ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/26(月) 22:04:59.90ID:3+MMQ7FC
そうですね。割り算を間違えています。失礼。

433ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 00:01:54.66ID:0VaYfy0z
瀬古の2度目の優勝の翌年の1988年のボストンマラソン
https://m.youtube.com/watch?v=otleVsck-Co
は歴史的に重要なマラソンである。謂わば87年は旧世代最後のマラソンであり、
この年初めてアフリカ人の覇者が出た。それだけでなくこの年以降、ボストンの
殆どの優勝者がアフリカ人である事が雄弁に歴史の転換を物語っている。

このレースの覇者であるイブラヒム・フセイン自身も前年のNYCの優勝よりも
このレースの優勝の意義をより強調している。フセイン自身はこの年を含めて
ボストンを3度優勝する等の活躍をしたが、優勝候補の一角に挙げられたソウルでは
途中棄権だった。強調すべきは彼がケニアで初めての名の通ったプロランナーであり、
それまでレースが少なく稼ぎが難しいと参入を躊躇したケニア人の後輩を刺激した点では
世界チャンピオンでかつ五輪銀のダグラス・ワキウリ凌ぐ程の影響があった。以降、
ケニア人マラソンランナーが席巻する。

因みにこのレースの2位がイカンガーであるのは言うまでもないが、3位がロス銀の
トレーシー、4位に欧州チャンピオンでソウルを制するボルディンが入っている。
日本勢は10位に谷口、12位に喜多が入っている。

434ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 16:48:05.85ID:rfcbwnqM
ボストンマラソンの勝者一覧
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_winners_of_the_Boston_Marathon
1988年以降はほぼケニア、たまにエチオピアの選手が優勝。それ以外はエリトリア
(エチオピアから独立)出身のアメリカ人であるケフレジギ(14)、ボルディン(90)、
李鳳柱(01)、川内優輝(18)のみである。

435ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 17:50:35.51ID:J3qgsN/2
>>433
谷口伴之ですね。

436ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 17:53:06.09ID:J3qgsN/2
>>434
瀬古利彦の2勝が燦然と輝いてますね。流石日本史上最強クラスですね。

437ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 19:18:09.85ID:SQQ+/jqh
>>434
川内以外オリンピックメダリスト
ボストン勝つ選手は本物ということか。

438ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 19:56:25.32ID:H+mul9DB
今だと全盛期の瀬古でもケニエチには勝てないだろうが今いる日本勢よりは強いだろうな
とくに瀬古はペースメーカーがいると半端ない記録が出そうだし。
ヴェイパーが瀬古にあうかどうかはわからんけど。
ただ全盛期の中山だとヴェイパーで記録が大幅伸びそうな予感。

439ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 21:07:21.19ID:0VaYfy0z
>>435 はい。アジア大会代表になりながら悲劇的な事故で金井等と共に亡くなった彼です。
>>436 偉大な選手である事は間違いないのですが、瀬古の最後の勝利がゲームの終わり
(アフリカ人のみのゲームの始まり)になっているのは象徴的ですね。

440ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 22:50:32.07ID:0VaYfy0z
ケニア人がマラソンに参入する前に彼等はダメージが少なく何回も走れて実入りの良かった
トラック競技を主戦場としていた。彼等の力を満天下に知らしめたのはメキシコ五輪で、
1500、10000、3000障害で金、5000で銀を取った。その中心選手は東京五輪の5000で5位に
なり、1965年にはケニア人で初めて世界記録(5000で13‘24“2)を作ったキプチョゲ・ケイノであった。
メキシコでの彼は胆石を患っていたばかりか感染症にかかりまともに走れる状態になく、
ドクターストップもかかっていた。そのせいか最初の10000では前半レースを主導したものの
ゴール手前で苦痛に上体を曲げフィールド方向によろめき出たが、担架を拒み何とかゴール
した。そのレースでケニア史上初の金メダルをもたらしたのは同僚のテムであった。
ケイノは5000でも体調が悪い中、健闘し、ガムージ(チェニジア)との激闘に敗れ銀であった。
https://m.youtube.com/watch?v=_MyrFVbGnIE
ケイノが最も力を入れていたのは最も人気のある種目1500であった。しかしその種目には
前年に世界記録を作り、ケイノに完勝したジム・ライアン(米)がいた。体調不良の中で
ケイノは医師の勧告に従い1500決勝の棄権を決めていたのだが、急に翻意して参加を決めた。
しかしメキシコ市悪名高い渋滞に阻まれて絶対絶命の中、彼はタクシーを降りて走ってスタジアム
に駆けつけて、何とかコールに間に合った。その時のレースが
https://m.youtube.com/watch?v=Q_9AAy7yZTc
である。後輩のジプチョがオーバーペースでペースメーカー役を務めて、メキシコの薄い空気
を警戒したライアンは後方待機作戦を取った。結果的にこの作戦選択の誤りもあり、ケイノは
ライアンに3秒差をつける歴代2位の好記録で圧勝した。
ケイノはミュンヘンでも3000障害で金、1500で銀を取り、ケニア人の尊敬を集めているが、
ライアンは復活したミュンヘンの1500の予選で他選手と脚を絡ませて転倒し、敢え無く予選落ち
となり、憐れを留めた。

441ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 22:54:40.88ID:9D5yP4+7
>>438
エポと成長ホルモンにバネ靴があれば2分台でいけるんちゃう?

442ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/27(火) 23:42:40.80ID:xrcHTVDy
しかし凄いなあ、このスレ。
なかなか全部映像を見れない(追いつけない)が必ず全部見ますね。
ありがとうございます。

443ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 00:34:31.96ID:FpvhxVGc
エチオピアはケニアより早くマラソンに進出してローマから五輪三連覇を果たし、ミュンヘンでも
銅を取った。それでもケニアほどマラソン界を席巻するに至らなかったのは、政治的な不安定性
(帝政=>社会主義的軍事独裁政権=>内戦=>不安定な連立政権)と貧困、英語が通じないために
エージェントが入りにくい等様々な理由があろう。彼のマモ・ウォルデも帝政崩壊後にメンギスツ
政権下で逮捕され9年も投獄された程であった。
しかし、アフリカ史上最初の金メダリストであり、五輪二連覇を何れも世界新で飾った
アベベ・ビキラこそ史上最強のマラソンランナーであろう。特にローマでは途中で靴を脱ぎ、
裸足で走った事でも名を馳せた。ローマ五輪の下馬評は世界記録保持者のポポフ(ソ連)が優勝候補
に挙げられていた。涼しい中、20キロでは早くもラジ(モロッコ)とアベベをマギー(NZ)と
ポポフが追う展開になり、暫くするとラジとアベベの一騎打ちになり、その体制は陽が落ち
暗くなった40キロ過ぎ迄続いた。しかし40キロ過ぎのアベベのスパートにラジは付けずゴールでは
25秒もの大差がついた。そのレース映画が
https://m.youtube.com/watch?v=i_zRr9KOFWE
である。

444ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 03:19:39.64ID:P4v01tQd
YouTubeが世界に拡張したおかげで未見の映像をたくさん見られて嬉しいです。
NHKもせめて国際マラソン選手権くらい保存してほしかった。

445ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 12:48:37.82ID:xaKmD3xc
メキシコ五輪の記録映画
https://www.youtube.com/watch?v=pVsQYRZgb10
10000は1:07辺りから、マラソンは1:30辺りから。マラソンは独立して
https://www.youtube.com/watch?v=c4n_8hpkDEg
にあるが途中がノイズで視れない。余り説明的でないので分かりにくい面が多々あり。

メキシコ五輪マラソンは東京の3000障害の覇者ローランツが途中までリード、
それを10000の金銀コンビのテム、マモ・ウォルデが追う展開。アベベは早々に
棄権。ローランツは途中で大きく遅れ(11位)、テムも大きく遅れ19位に終わる。
途中からマモが独走。後方待機だった君原は次々と選手を抜き、銀。銅は第1回
国際マラソンの覇者ライアン(NZ)。年末の第3回を制するアドッコクスは5位、
世界記録保持者のクレイトンは7位で入賞を逃す。前半先頭で映っていた宇佐美は9位。
佐々木は棄権。
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1968_Summer_Olympics_&#8211;_Men%27s_marathon

446ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 13:52:52.92ID:KZqPelZw
改めて凄いことですね。メキシコ五輪にしても、もう50年くらいたっているんですから
はるか昔にあった話。貴重な映像ですね。

447ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 19:26:28.05ID:m18BNUkG
日本マラソン史上7強
男子:瀬古、中山、谷口、森下、藤田、宗茂、君原
女子:高橋、野口、土佐、有森、山口、鈴木、坂本

中でも瀬古、中山、高橋、野口が別格なのは言うまでもない

448ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 20:08:00.43ID:Ujsbf/Rt
キリのいい10強にされてみては?

449ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 21:05:39.68ID:gyV8EHGZ
>>445
この映画の題名は「太陽のオリンピア」日本語版を小学校の体育館で見ました。
印象に残ったのは走り幅跳びのビーモンの8m90という驚異的な世界新記録の場面。
それとマラソンの最終走者が足を引きずりながらゴールするまでを長時間映していた。
タンザニアのジョン・スティーブン・アグワリという選手だった。

450ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 21:16:12.35ID:FpvhxVGc
ドーピング疑惑が拭えないにしてもラッセ・ビレンの残した足跡は大きく、五輪では
劇的なレースを行っている。ミュンヘン、モントリオールの4冠のダイジェスト映像は
https://www.youtube.com/watch?v=xFVKBK0eM24
にある。

まずミュンヘンの10000m
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1972_Summer_Olympics_%E2%80%93_Men%27s_10,000_metres
映像でも分かる通り12周目にビレンはチェニジアのガムーディと脚を絡ませて転倒して
いる。ガムーディは2周後に棄権したが、ビレンは先頭に追い付くどころか世界新で優勝。
2位のプテマンスも従来のクラークの記録を上回り、3位には8年後に無敵の強さを示した
イフター、5位にマラソンで優勝するショーター、6位に優勝候補でかつ前半をリードした
ベドフォードが入った。ベドフォードは翌年世界新を記録する。

ミュンヘンの5000m
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1972_Summer_Olympics_%E2%80%93_Men%27s_5000_metres
は、ビレンと脚を絡ませて転倒、棄権を余儀なくされたガムーディがビレンに挑んだが
及ばず銀。彼としては4つ目のメダル(東京10000銀、メキシコ5000金、10000銀、ミュンヘン
5000銀)。3位には猛然と追い込んだスチュワートが、途中までビレン等とトップを争い最後
失速したプレフォンテンを交わして銅。彼はアメリカのトップランナーであり続けたが、
1975年にフィンランド-NCAA交流大会で優勝した晩のユージンでのパーティーに参加した後、
ショーターをケニス・ムーア(ミュンヘン4位)の家に連れて行った帰りに自損事故で事故死。
飲酒運転だった。彼の名前はプレフォンテンクラッシックという大会名に残っている。

451ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 21:16:47.58ID:FpvhxVGc
(承前)

モントリオール10000の結果は
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1976_Summer_Olympics_%E2%80%93_Men%27s_10,000_metres
にある。このレースは4冠の中で最も楽だった。2位だったカルロス・ロペスは8年後に
ロス五輪のマラソンを制し、世界記録も作った。しかし物議を醸したのはビレンがゴール後に
靴を掲げてウィニングランをしたこと。当時シェアが圧倒的だったアディダスではなく、
世界的には無名だったオニツカ(翌年アシックスに社名変更)だったため、一挙にオニツカ
ブランドが世界に知られるようになった。

モントリオールの5000mの結果は
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1976_Summer_Olympics_&#8211;_Men%27s_5000_metres
2位のクァックス(NZ)は翌年に世界記録を作る(同じレースで鎌田が日本新)。3位は
ゴールで転倒したヒルデンブランドが僅かにロッド・ディクソン(NZ)を凌いだ。ディクソンは
ミュンヘンの1500で銅、74英連邦の1500で3位ながら世界歴代5位で走り、モントリオールでも
1500の有力候補だったが、同国の優勝候補ウォーカーとの競合を避けて5000に出場し、10中8,9
手にしていたメダルを手に入れ損なった。彼は1983年のNYCマラソンに2:08:59で優勝し、ロス
五輪でもマニアはダークホースに挙げていた。しかし本番は10位。それでも瀬古やサラザールに
先着した。

452ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 21:27:53.17ID:gyV8EHGZ
>>447
入れ替え提案
男子の藤田vs寺沢、宇佐美、宗猛、高岡
女子の坂本vs山下、浅利、千葉、渋井

453ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/28(水) 23:17:29.95ID:FpvhxVGc
因みにビレンはミュンヘンの5000の4日後にヘルシンキで13’16”4の世界新を出したが、
その6日後にミュンヘンの5000で5位、10000銀のプテマンスが13‘13“0の世界新を出し、
4年間の記録保持者になった。

454ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 02:42:57.70ID:RbIVvEcx
最近勢いが凄いスレですな

455ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 03:12:45.27ID:kCwyjX3O
瀬古も中山も所詮穴場の時代で稼いでただけのくせに五輪でメダルも取れなかった敗北者じゃけえ
今おってもたいしたことないじゃろうな

456ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 09:37:23.73ID:Rq+7ifCV
瀬古・中山最盛期を穴場の時代と言い切ってしまう455氏は、ド素人ということ
だけは良く分かった。
素晴らしい選手が何人もいた時代を・・・・・・・・・・

457ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 10:42:01.45ID:3zVdgIXi
>>447
現役の選手がいないのは何故?大舞台での実績がないから?

458ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 11:19:54.17ID:4xP/+7K5
穴場の時代だったのは確か
70年代後半から90年代前半まではアフリカ勢の本格台頭前で
絶対的な選手もいなかった

459ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 17:02:15.09ID:B5WtpY9f
現役の選手は、複数回の活躍が求められる。一発屋では信用されない。

460ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 18:00:59.76ID:ar4gYa9J
戦後になって5000mで世界で戦えた選手は少なく、それが五輪、世界選手権で決勝に
残った人がシドニーの高岡しかいない事でも分かる。(高岡でも最下位だった)。
 しかし戦後最強の日本人5000mランナーは澤木啓祐である事に異論を挟む人は
いないだろう。実際、Track & Field Newsのランキング
https://trackandfieldnews.com/mens-world-rankings-by-athlete-2/mens-world-5000-rankings-by-athlete/
で年間ベスト10に入ったのは66年(6位)、68年(8位)の澤木のみである。その他にも
65年と67年のユニバーシアードの連覇(67年は10000との2冠)もあり代表的なトラック
ランナーであった。澤木のハイライトはハイライトは1966年の6月22日、ロンドンの
クリスタルパレスで開催した、ロンドン4大学対抗競技会5000mで、当時のトップランナー
のロン・クラーク(オーストラリア)、ガムーディ(チュニジア)等をラストスパートで
振り切り優勝。タイムも年間ランキング4位の13分36秒2(日本新)であった。
この様にラストも切れて勝負の出来る名ランナーであり、68年には5000,10000とも
日本記録を更新し、メキシコ五輪の活躍を大いに期待されたが、メキシコシティーの
酸素の稀薄なコンディションに苦しみ10000m決勝の3000m手前で転倒し、鈴木従道に
も遅れを取る全くの不振で終わり、5000mも全くダメだった。動画もほぼ残っていない
様で残念である。

461ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 18:22:29.49ID:AdrQnwYJ
>>460
で出たロン・クラークは不世出の大長距離ランナーであり、世界記録を17回(五輪種目では
6回)も更新している。因みに5000,10000の両世界記録を破ったのはビレンである。

彼はメルボルン五輪の聖火ランナーを務めた後、63年に10000の
世界記録を破り、64年の東京五輪の10000
https://www.youtube.com/watch?v=5F5iCsymMj0
では優勝候補筆頭だったがキックのなさで銅メダルに甘んじた。
またマラソンでも序盤をリードし、高速レースを演出し、
アベベの大記録をアシストする形になった(9位でゴール)。
翌年の活躍は素晴らしく、世界で初めて3マイル13分の壁と
10000m28分の壁を破る等11の世界記録の更新があった。
翌年も活躍が続き5000で従来の記録を大幅に更新する素晴らしい
世界記録をマークする等大いに活躍した。その様子は
https://www.youtube.com/watch?v=H1RBZUwHWBU
にダイジェストされている。しかし、絶対的な優勝候補で臨んだ
メキシコ五輪では高地の薄い酸素に苦しみ10000mで6位でゴール
したものの昏倒してしまった。2日後の5000m予選には辛うじて
出場し、決勝で5位になるのがやっとであった。
 しかし平地であってもクラークの様なキックのない選手が金を
取れたかは疑問である。実際、英連邦大会では全盛期の66年を
含めて4つのメダルを取っているが全て銀メダルであった。
また南半球の選手のハンディはあったと思われる。

462ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 19:47:08.60ID:B5WtpY9f
ロン・クラーク。名前は聞いたことがありました。

4634472019/08/29(木) 19:58:48.60ID:ClgAMMf1
>>452
スレタイに則り「力強さ」または「勝負強さ」で再度選んでみました
どんなもんでしょうか?
>>457
最近の選手だと世界大会でメダルや入賞した中国電力勢他、
ボストンで勝った川内などがいますが、先頭集団から早々と遅れ
後方から着を拾っていくような走りは「強さ」という点ではどうなのでしょうか?

日本マラソン界ベストナイン
瀬古(83東京、87ボストン他多数)
中山(87福岡、五輪2回入賞他多数)
谷口(91東京金、92五輪入賞他)
森下(二回中山に競り勝ち、92五輪銀)
藤田(00福岡他)
宗茂(78別大他)
君原(五輪銀&入賞他)
高岡(02シカゴ他)
宗猛(84五輪他)

464ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 20:23:28.15ID:R8zJH7N7
>>462
小学校の国語の教科書でアベベや円谷と共にクラークやホーガンの名前も覚えた。

465ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 20:24:02.47ID:3zVdgIXi
森下という人をリアルタイムでは見てないのですが戦績見たら
ある意味最強ですね。五輪以外全勝。五輪にしても銀メダル
獲得。見事勝ち逃げしたって感じですよね。

466ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 21:21:38.12ID:r5Uc1M0c
森下はベテラン中山に対する新鋭という感じで現われた
中山に対しては全盛期は過ぎていたとはいえ3戦して3勝
逆に中山は森下がいなければ、優勝ー優勝ーオリンピック銅メダルだった

467ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 21:27:32.31ID:fTbKRCGt
私もこちらの書き込みとっても為になります
10年以上前に立っていた「日本マラソン史上もっとも強いランナーは?」のスレッドを筆頭に
歴史的に読み応えがあるスレが多かったのですが再びこのようなスレに出会えて嬉しいです
以前よりもレース動画を観るのも容易になりましたし…
ありがとうございます

468ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 21:48:32.74ID:obAwC3UX
1977年のワールドカップは二つの意味で意義深い大会であった。一つには五輪以外で初めて
世界のトップ選手が競う大会であり、もう一つは前年の五輪でボイコットしたアフリカ諸国
とそれ以外の対決によって真の世界一が分かる大会であるためである。特に男子中長距離は
熱い種目が目白押しであった。例えば800は五輪覇者で世界記録保持者のファントレナが
ケニアのボイトの挑戦を辛うじて退けた
https://m.youtube.com/watch?v=_9C2CDZvOOY
レースは見応えがあった。また5000、10000ではイフターが強烈なラストスパートで
2冠。
https://m.youtube.com/watch?v=rY1W-8iPJS4
https://m.youtube.com/watch?v=4KO7Gtvc4uE
以降、79年のワールカップ、80年のモスクワ五輪と同じ様なレースを繰り返し王者として
君臨した。

しかし最も興味深いのは覇者の交代を象徴した1500である。75年に初めてマイル3分50秒
の壁を破り、前年の五輪でも順当に戴冠したウォーカーは77年も圧倒的にランキング1位
であったが、このレースの途中で棄権し、一方で圧勝したオベットはこの年からモスクワ
五輪までマイルと1500で無敗を誇るようになった歴史の転換点になったレースである。
https://m.youtube.com/watch?v=uBw2uRzHASg
皆さんは気が付いている思うが石井隆士も健闘し、長く残った日本新を出している。

469ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/29(木) 23:47:06.70ID:VsFqzj19
イフターは、ホンマ凄いですわ。ぜひ一度、マラソンを走って欲しかった。
ラストスパートがとにかく感動的。

>>463
この9人は私も全く異論ありません。ベスト10にすると、あと一人誰になるのか、で
ハタと考えてしまいますが・・・・・・・・・・・・・・

470ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 03:16:47.28ID:7G456c2x
>>468
79年ワールドカップでイフタ―と先頭争いをしていたのはクレーグ・バージンですね。
81年ボストンマラソンで瀬古と激戦を展開して2位になったので印象が強い選手です。
その後は内臓に異常が見つかったようであまり活躍していないようです。

471ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 12:34:29.97ID:chmt6lwJ
バージンて世界クロカンで優勝したことあったような

472ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 14:01:35.40ID:A7cM505O
ああ済みません。どうも変だと思ったら10000mは1979年の奴ですね。79年WC10000mの2位は
クレイグ・バージンで81年ボストンマラソンでの瀬古の相手です。79年に10000で27'39"4の
全米新で走り、翌年に史上2人目のサブ27'30"(27'29"16)で走っています。またご指摘の様に
クロスカントリーも強く、世界クロカンで2連覇(80,81)しています。マラソンは4回走って
初マラソンで平凡なタイムで優勝、誰も覚えていないと思いますが(私も熱心に見ていたが
全く記憶にない)79年の福岡で17位になったのが2回目で瀬古と競ったボストンが3回目です。
77年の動画はすぐには見つからない。。。
>>463
古い人が入っていないような。宇佐美は世界歴代3位で走って国際マラソンで優勝し、五輪も
3回出て、69年にも世界歴代4位で走っています。重森は65年にボストンとウィンザーの
世界2大マラソンを制して、おまけに世界記録を出しています。寺澤は63年に世界記録を出し、
その後もそれを上回る記録を複数回出しています。65年にも世界歴代3位で走っています。
藤田の様な一発屋で良いなら川島がメルボルン五輪で5位です。広島庫夫は意外にも
Track & Field Newsの実力ランキングに多数回登場しています。

473ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 14:03:06.95ID:A7cM505O
因みに全ワールドカップの詳細(記録とレース寸評)は
https://web.archive.org/web/20121026100106/http://www.iaaf.org/mm/document/competitions/competition/05/79/40/20100809103225_httppostedfile_split2010_21818.pdf
にあります。

474ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 17:46:06.96ID:YnUBf1it
記録よりもいかに世界を相手に戦ったか、が重要ポイントですね。

475ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 18:09:20.78ID:NjYExmXi
>>474
勿論、円谷や佐々木も忘れてはいけません。
世界と伍していたかどうかという観点を入れると藤田、高岡等の90年代以降の選手は落第ですね。
日本のマラソンは60年代には世界のトップを争っていたので。勿論、アフリカ勢が本格参入
する前なので単純比較は可哀想ですが。

476ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 19:48:09.88ID:omVi6mmw
すごい為になるスレ。そうそう、じっと昔にあった「日本マラソン史上もっとも強いランナー」を彷彿させる。
川内は拾っていくレースだが言い換えれば粘り強く、十傑なら入るのでは?個人的には円谷も入れたい。
女子は>>452 の選手が接戦かも。渋井を上げたいがもう一歩か?ここに安部、増田、福士も入るとちょっと薄まってしまうか。

477ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 19:50:44.87ID:pfcHo6Y9
たぶん同じひとたちが書いてるんじゃないの?
自分もそうだけど。

478ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/30(金) 23:27:45.74ID:Ydanriob
スティーヴ・オヴェットとセヴァスチャン・コーの2人は中々直接対決がなく、またマスコミも
2人の間に確執があるかのように書き立てたこともあって、2人の直接対決はモスクワ五輪の
最大の目玉だった。オヴェットは77年5月から1500と1マイルで45連勝を続けて、79年には
1500の公認記録を上回る3’32”09で走った。記録面で上を行ったのはコーで79年の41日間に
800で従来の記録を1秒以上破る1’42”33,1マイル3’48”95, 1500 3’32”03の世界新を3つ立て続けに
出している。

実際には彼等の対決は78年の欧州選手権の800mで実現してオヴェットが2位、コーが3位
https://m.youtube.com/watch?v=Tifw-nxWIcw
となっている。この時に接触があり、オヴェットがコーに何事かを語ったようである。

それを踏まえたモスクワ五輪の800、1500は興味深い。大方の予想では800はコー、
1500はオヴェットが有利との事だったが、逆の結果になった点も皮肉である。
https://m.youtube.com/watch?v=HqHXv6Q5eh0
https://m.youtube.com/watch?v=KMz0WZzWWlw

479ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 01:59:09.36ID:JBytLktd
アベベが裸足で優勝をしたローマ五輪で、モロッコは初参加にもかかわらず既にラジが2位入っていたので、
エチオピア、ケニアに続く中長距離強豪国ってイメージがあったけれど、
その後は80年代のアウィータが出てくるまでは目立った選手はいなかったんですね。

480ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 03:31:19.76ID:JBytLktd
モスクワ五輪10000mは後半からはエチオピアとフィンランドの2国の選手だけが5名残ってのレースで(バイニオは13位)
フィンランドは血液ドーピングをしていての強さだったので、それも無ければエチオピアが圧勝のあっさりしたレースだったと思うが(最後にマーニンカに抜かされてコツは4位)
ここに不参加だったロノやバージン等が参加をしていたらかなり違ったレース展開だったかもしれない。(マラソンだけれど瀬古のトラックレース参加も見たかった)
動画を見るとマーニンカはこの10000mでも後の5000mでもエチオピアの選手をやたら押し出している。

イフターは名前、年齢も不鮮明な人だったようなので、歳はこの時で(1980年)36才説と44才説がある。
44才でトラック競技2冠ならば空前絶後ですが、マラソンに移行するのも年齢的に遅かったでしょう。その後、83年にはマラソンも走っているが、途中棄権。
モスクワ五輪のイフタースパートも圧巻ですが、全成績を見るとイフターはこの五輪以降は意外にも優勝していない。(Wikipediaには82年まで負け無しとありますが)
ミュンヘンでの10000m3位、5000mは遅刻欠場で、それ以降は「イフタースパート」を獲得して絶対王者となるも、
次のモントリオールが不参加だったので、モスクワまでは何とかグッドコンディションを維持し、8年越しの五輪の舞台でビレンに勝ち2冠達成の雪辱を果たしたので、これで肩の荷が下りたのでは。
数年後にはイフターを始め、この時参加をしたエチオピア選手団の幾人かはカナダに亡命。マモも逃れていたら痛ましい晩年は避けられたと思う。

481ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 06:12:21.02ID:JBytLktd
ミルツ・イフターの戦績
https://more.arrs.run/runner/9046

モスクワ五輪10000mの結果
https://more.arrs.run/race/13839

482ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:08:56.16ID:JBytLktd
今マラソン現役ではファラーやベケレ、国内では福士などがベテランですが、
ロス五輪のロペスが高齢(37才)金メダリストでは有名で、更にはミュンヘン五輪マラソンで銅メダルを獲得したマモは40才(推定)であった。
調整の為か、マモはこの時10000m予選にも出ている(9位)同じくマラソンを走る宇佐美も出ていて、彼はマモに続いての10位。
https://more.arrs.run/race/30295
しかし、もっと驚くべきことはアベベやマモの親衛隊の先輩にあたるワミ・ビラツ(ブラトとも)はローマ五輪マラソン参加時で43才(推定)であった。(アベベの兄という誤報もあった)
結局この時はローマに発つ直前に原因不明の病気でローマには行けなかったが、翌年のびわ湖毎日マラソンにアベベと共に来日し、44才にしてレース結果もアベベに次いでの2位であった(寺沢は8位)。
http://www.lakebiwa-marathon.com/history.cgi?016
ローマ五輪マラソンで裸足で優勝したアベベは数日前の10000mにも出場していたという話もあったが、これも誤報。マラソンで2位になるラジは走っている。
アベベはスタート時から裸足という説と、途中で靴を脱ぎ捨てたという説がありますが、映像でもちょっと確認し辛いかなあ…。(判別できる方居ますか 笑)
https://www.youtube.com/watch?v=i_zRr9KOFWE
https://more.arrs.run/race/13826
https://en.wikipedia.org/wiki/Athletics_at_the_1960_Summer_Olympics_%E2%80%93_Men%27s_10,000_metres
ワミは12人も子孫を残し、現在なんと102才で今も矍鑠とジョグをしているという。
https://borkena.com/2017/01/13/legendary-ethiopian-athlete-wami-biratu-celebrated-100th-birth-day/
https://www.cmdsport.com/running/entrevistas-running/wami-biratu-predecesor-bikila/

483ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:13:55.13ID:DRa/Btvu
戦績からイフターが73年以降不敗の10000を落とす可能性は低かった様に見える。しかし
5000は絶対王者とまでは言えなかった。
>>468 の動画では77年のワールドカップで好勝負をしているが、負けてもおかしくない
展開だった。結果は生涯自己ベストで歴代3位の13‘13”82で辛勝したけど、この時の2位の
リクオリも全米新で走っている。このリクオリは良く知られたマイラー/1500の選手で
同じ年の直前のチューリヒの大会では優勝、イフターは世界記録保持者のクァクスにも遅れを
取った3位だった。またモスクワ前年にも敗戦があるが、その相手も良く知られたマイラーの
トーマス・ヴェシングハーゲだった。彼はコー、オヴェットが席巻する1500/マイルから
5000に活路を求めて82年の欧州選手権を取ったりしている。イフターを上回る中距離ランナー
のキックはイフターにとっても脅威だった様であるが、幸か不幸か西ドイツはボイコットを
したためモスクワでのヴェシングハーゲとイフターの対決はなかった。
https://www.letsrun.com/forum/flat_read.php?thread=3550274
モスクワでのイフターの相手は世界歴代2位を出したばかりのニャンブイであったが、
寧ろ4位になったコグランの方が脅威だったかもしれない。しかし強敵とまでは言えず
楽勝だった様に見える。

484ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:38:23.81ID:gASAtp9A
うわあ、凄い読みごたえがあるなあ。まだ全部見て
ないですけど、必ず全部閲覧しますからね。
今後も楽しみに来ます。

485ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:41:33.64ID:DRa/Btvu
>>482
なるほど、僕も誤解していましたが、
https://archive.org/details/olympicmarathon00mart
に基づく
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Abebe_Bikila#CITEREFMartinGynn2000
をの記述を見ると、新しい靴を買って試したところ豆が出来たので、結局裸足で走る事を
決意したとありますね。という事でローマ五輪のレースでは最初から裸足だったのでは
ないでしょうか。ローマ五輪の記録映画で確認出来るのは裸足のアベベのみです。

486ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:44:29.10ID:JBytLktd
ローマ五輪10000は綺麗な映像がないかな…
https://www.youtube.com/watch?v=6Xa0E3sNCjo
https://www.youtube.com/watch?v=6Xa0E3sNCjo

5000のマレー・ハルバーグのレースは少しだけれど鮮明
https://www.youtube.com/watch?v=9aW8B6BOLjs

487ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 07:50:28.06ID:JBytLktd
>>485
レスありがとうございます。今、
https://www.youtube.com/watch?v=i_zRr9KOFWE
を見返していたんですが、スタート直後のゼッケン11のアベベを見ましたが、やはり最初っから裸足みたいですね。
「東京オリンピック」の映画の中でもビキラ・アベベと言われていたり、当時はアフリカ大陸からの情報も少なかったと思います。

488ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 08:38:27.73ID:IOLznf7m
瀬古がニャンブイに負けた81年DNガラン10000mを探したが見つからなかった。
あの時はサラザールも走っていて5位だった。
翌年の5000mはアップロードされていて優勝はロノでサラザールは3位。
https://www.youtube.com/watch?v=XrhtZ99Ocxs&t=37s

489ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 08:41:02.57ID:JBytLktd
ミュンヘン五輪のトラック長距離はビレンよりも同じフィンランドのバータイネンの方が有力と見られていたようだ。
独特の風貌のバータイネンは短中距離からこなしていたようで、五輪前年の自国ヘルシンキでのヨーロッパ選手権での10000mラスト一周は
ロン・クラークの後継であるかのような新記録を生み出すイギリスのベドフォードもいたが、ドイツのハーセとの400m走のような脅威のスパートは圧倒される。
https://www.youtube.com/watch?v=Qrp2K9zxgrs
まるでメキシコ五輪10000mラスト1周のナフタリ・テムとマモ・ウォルデのスパート合戦を思わせる。
https://www.youtube.com/watch?v=Ifny_zFx6U4
バータイネンはヨーロッパ選手権での5000mでも優勝(3位には息の長い活躍をしたドイツのノルポトがいる)
https://www.youtube.com/watch?v=jXNfmF-VYFw
https://more.arrs.run/race/35638
この時、ビレンも走っていたが、10000は17位、5000も7位という結果であった。
ビレンはミュンヘン五輪10000m予選でもショーターに遅れての4位での通過であったが、
https://more.arrs.run/race/35730
決勝では最後まで粘ったプッテマンスをも引き離し、クラークが出した記録を1秒更新しての世界新での優勝。
5000mも最後でガムーディを抜かしての五輪新の優勝。一方でバータイネンは最下位であった。
戦績を見てもイフターに比べると、ビレンは安定していない。五輪だけは強かった。
https://more.arrs.run/runner/5739

490ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 09:20:29.91ID:JBytLktd
チュニジアのガムーディはファラーのように記録などには縁がなかったが、
東京五輪から3回出場したオリンピックでは必ず表彰台に上がっていた。予選レースも殆どが1位。
五輪のみならず、他でのレースも常に安定した強さがあった。
全レースでリタイアしたのも、ビレンの転倒に巻き込まれたミュンヘン10000決勝のみであった。
https://more.arrs.run/runner/9266
チュニジアはモントリオール五輪も当初はボイコットの予定はなく、開会式にも出たが(当時の映像ではカットされている)
https://www.youtube.com/watch?v=AsJOKRjqMbM
急遽帰国を余儀なくされた。この時、ガムーディは38才で流石に全盛期のような走りではなかったが、インタビューなどからモントリオール五輪を引退レースと考えていたようだ。
チュニジアはガムーディの金メダルから次の水泳の金メダルまで40年の月日が経過していた。
2010年代までは獲得した半分以上のメダルが陸上のガムーディによるものであり、レジェンドと呼ばれている。

491ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 09:43:59.88ID:teyM/LRA
中山のオリンピック2大会連続4位は悔しいね。
両方とも惜しかったな。ソウルのときはサラがもうメロメロだったし、
バルセロナのときは周回を間違えたんだっけ?
どっちか1つでもメダル獲ってほしかったなあ。

492ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 09:53:53.25ID:DRa/Btvu
このデータベース、例えばビレンの項
https://more.arrs.run/runner/5739
は素晴らしいけど、幾つか抜けがある事が一瞬で分かるので、限界がある事は認識して
おく必要がある。例えばビレンでは1976年6月23日のサリヤリビ国際の1500で2位(3’43”9)
が抜けているし、1980年7月9日、10日のワールドゲームズの5000の2位、100000の4位が
抜けている。因みに前者の1位は石井隆士(3‘43“4)で、後者の10000では1位バイニオ(28’00”7)、
2位伊藤国光(28“01”2)、3位瀬古(28‘09“5)で5000の優勝はヘルレ(西独)、2位のビレン、
3位のオルチスに次いで4位に森口達也が入っている。

493ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 10:16:02.56ID:DRa/Btvu
このビデオ
https://m.youtube.com/watch?v=QB5DxltIkTI
は興味深い。載っているレースはモントリオールの5000が主だが、1983年のNYCマラソン、
ミュンヘン、英連邦、モントリオールの1500等。ディクソンとクァックス(故人)のインタビュー
が主だがビレン、ウォーカーも出て来る。ヒルデンブランドが出てこないのが画竜点睛を欠く。
やはりモントリオールの5000は劇的。

494ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 10:49:15.36ID:DRa/Btvu
ビレンは1973年の春季サーキット(スポニチ国際他)に参加しるために来日しているが、
その結果もデータベースから抜けている。サーキットでは凡走だったけど、日本の
若手だった佐藤市雄等が健闘したのみで勝った思う。

因みに鎌田は高卒3年目の72年のサーキットでケイノに食い下がって代表までもう
少しの処まで行きながら、その後腐って75年辺りまで不振で、チームメートの高尾が
日本新、伊藤が30キロで日本新を出した事に刺激されて75年秋から復活、
モントリオールの代表になり、10000で27分台、5000で13分20秒台を初めて出した。
一方、同学年の佐藤市雄は高卒4年目の73年の日本選手権の5000、100000の2冠で
記録的にも日本記録まであと少しまで行きながら、その後不振。後に駅伝男として
復活するが日の丸を背負うことはなかった。

495ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 10:56:21.87ID:c3OhCfHl
佐藤市雄は駅伝がもっとも能力を発揮出来たと。
大久保初男や柏原竜二(こちらは派手でしたが)の系譜ですね。

496ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 11:02:04.14ID:JBytLktd
自分は後追い世代なので凄い読み応えがあります。
ありがとうございます。

497ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 12:48:25.26ID:DRa/Btvu
完璧ではないけど、このデータベースは凄く、幾らでも時間を潰せますね。例えば
https://more.arrs.run/runner/search
でsurname にSeko, given nameにToshihikoと入力すると下にSekoの欄が出て、それを
クリックすると
https://more.arrs.run/runner/6043
という登録されている瀬古の全成績が出てくる。どうも調べた限りでは1マイル1500等
の中距離はなく、3000以上の距離限定の様。また試合の詳細についてもレースの右端の
アイコンをクリックすると分かる。例えば80年のDNガランであれば
https://more.arrs.run/race/37012
である。先のワールドゲームズも
https://more.arrs.run/race/37016
の様に、実は登録があるけど4位のビレン以下が未登録。例えばそこでバイオ二の名前を
クリックすると
https://more.arrs.run/runner/5044
といったバイニオのページに飛ぶことが可能。今まで曖昧な記憶とオフラインの昔の雑誌や
本の記録に頼っていたものの大部分がこのデータベースで代替可能。

498ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 13:49:42.93ID:IOLznf7m
>>497
これは凄いですね。
瀬古が黒歴史にしていた78年のミルトンケーネスマラソンの結果まで残っている。
https://more.arrs.run/race/28318

499ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 17:55:25.17ID:DRa/Btvu
5000mで史上最も速いファイナルラップとも言われる2006年チューリヒでのラガト
https://m.youtube.com/watch?v=r2rHmSKqs2w
最終ラップは51“96と表示されているが、ラスト1周の時点でラガトはトップでないため
おそらく51”8を切っている。これはアテネ五輪のエルゲルージより速いタイム。

500ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 18:25:50.41ID:teyM/LRA
2013年の全英選手権5000mでファラーの上がりが50秒89
https://www.bilibili.com/video/av40793968/

501ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 19:29:29.37ID:3lPxAROg
スローペースではあるが、5000mのレースで50秒89というのは俺が知ってる中で最速。

502ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 21:00:45.59ID:rfkgextE
ミルトンケーネス! これ、知ってましたけど、練習の一環でマラソン歴には
加えてないんですね。
宗兄弟とか喜多秀喜はマラソン歴に加えてるようですけど。
実井謙二郎も初マラソンが練習として出ているので、実質91年のびわ湖が初マラソン
みたいなものでしたし。

503ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 21:09:06.68ID:rfkgextE
ボストンの記録は79年は2時間10分13秒で、優勝した81年が2時間09分27秒と
私が記憶していたタイムよりも1秒下に修正されているんですね。

504ゼッケン774さん@ラストコール2019/08/31(土) 21:20:19.24ID:IOLznf7m
>>502
階段があったり急峻な坂があったり一人づつしか通れない細道だったり凄いコースらしい

505ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 00:12:37.42ID:luMR1BcY
>>500
有り難う。それまで遅かったとは言え、凄いスパートですね。
>>495
佐藤市雄は73年の太平洋五カ国大会で日本勢唯一の優勝をしています。その意味で日の丸
経験あり。後年の駅伝では主要区間を走らなかったので微妙なところがあります。

506ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 09:14:47.40ID:R4sp54DS
中山が台頭してから瀬古との初対決、スポニチ国際の10000m
金井のスパートに中山が対応できなくて、それを瀬古がカラダをのけぞって確認。
このシーンがいちばん盛り上がった。陸マガにも見開きで載ったし。
けっきょく金井が優勝。瀬古が中山に先着。
中山はW杯マラソンから1ヶ月で28分50秒の自己新。
負けたけど中山やっぱりすごいなと思った。

507ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 09:32:25.52ID:MVUycyZw
中村監督急逝は、確かこの後すぐの出来事ですね。
中山は初の28分台。25歳と4カ月くらいでの到達。中山ジュニアの卓也は
須磨学園高校3年で28分48秒台で走っていたので、将来、日の丸をつけて
走る選手になれるのでは、と期待したんですけどね。

508ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 11:40:12.58ID:HDQT30oc
ファラーは800mでも五輪メダリストになれる気がする。

509ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 14:12:17.66ID:S4ZEocJF
質が高いスレですね

510ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 15:18:07.47ID:luMR1BcY
50:9というと800の2周目としてもそうはお目にかかれないハイペース。例えば
https://m.youtube.com/watch?v=gtsTHhep_DA
の前半はモントリオール五輪でファントレナが世界新で優勝した時のビデオだが、
50:85-52:65だった。因みに2位のイボ・バンダムは1500も銀を取って大いに期待
された22歳のベルギー選手だったが、その年の年末に交通事故で命をおとし、
今はイボ・バンダム記念陸上大会に名前残す。

追い込みで知られているのはミュンヘン五輪金bのデービッド・ウォトル(米)
https://m.youtube.com/watch?v=5LHid-nC45k
最初は断トツのドベからスタートとして徐々に差を詰めたけど、最後のストレート
でも4番。そこからまとめて抜いて金。2周目は何秒だったのだろう。

511ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 15:55:32.76ID:dY1Fj33n
>>511
陸上選手の交通事故って多いような気がします。
アベベ、プリフォンテーン、金井豊、谷口伴之、オツオリ、チオンカン、ニコラス…
数日前にはルディシャが事故に遭ったそうですが、無傷だったようで良かった。

512ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 15:56:40.69ID:dY1Fj33n
ああ、自分にレスしてますね 笑
>>510さんへです。

513ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 16:09:22.33ID:luMR1BcY
ところで、このサイト
http://www.apulanta.fi/matti/yu/yl/
が過去の年毎のランキングを調べるのに便利。IAAFのサイトでも始点と終点を指定した
ランキングが出せるので同じ内容を調べることは可能だけど面倒。因みに60年代のデータ
が揃っていない年のランキングを調べた限りでは同じ結果を出すので同じデータベースに
基づいている様だ。

残念ながらマラソンのランキングはないので10000のランキングを調べると過去年間ベスト10
に入った日本人は3人で述べ5回。
瀬古 80年5位、85年5位、86年10位
新宅 83年9位
中山 87年4位

10000のランキングながらスレタイに対応した結果で興味深い。

514ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 16:10:27.18ID:R4sp54DS
ファラーの50.89の動画を観ると、
なんか、4600mペース走をしてそこから
400m T.T.をしているような感じですね。
 

515ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 16:48:21.95ID:eUDiSNcu
瀬古利彦は、モスクワに出ていたら1万でも入賞出来ましたね、きっと。

516ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 16:52:53.55ID:eUDiSNcu
ファラーもそうですが、凄い人発掘スレですね。
必ずしも瀬古&中山にこだわっていないから、ココは
長持ちしそうな感じがします。

517ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 17:13:11.83ID:luMR1BcY
昔のマラソン史上..のスレでも出てきたが Track & Field Newsでは年毎に各種目の実力
ランキングを発表している。
https://trackandfieldnews.com/mens-world-rankings-by-event/
長距離でランキングインしたのは
5000 沢木66(6), 68(8)
10000 円谷64(10), 瀬古80(4),85(4), 金井85(7), 新宅85(8),中山87(10)
のみ。

マラソンは多数ランクインしている。全部網羅するのは面倒なので複数回入った人
のみにすると
西田 52(10),53(8), 55(7)
広島(庫)53(5),55(2),57(2),59(3)
浜村 53(4), 55(3)
貞永 53(6),58(6),59(10),61(4)
中尾 60(9),61(5),63(3),64(10),65(3)
寺澤 62(2),63(5),64(8),65(2),66(4)
君原 62(7),63(3),64(9),66(5),67(4),68(4),72(6)
広島(日)65(6),66(2)
岡部 65(10),66(6)
宇佐美 67(6),68(7),69(4),70(2),71(2),74(8)5
采谷 68(2),69(9),70(5)

518ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 17:18:46.87ID:luMR1BcY
(承前)
宗猛 75(9),79(6),80(9),81(8),83(4),84(5)
瀬古 78(3),79(2),80(3),81(3),83(2),86(4),87(5)
宗茂 78(5),79(4), 81(5), 85(10)
伊藤 80(10),81(4),86(5)
中山 84(10),85(4),86(8),87(1),88(8),92(4)
谷口 87(2),91(1)
森下 91(10), 92(2)
 以上である。
因みに2000年以降でランクインしたのは藤田00年5位、油谷01年9位、高岡02年4位。
高岡以降にランクインした選手はいない。

519ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 17:35:19.78ID:R4sp54DS
宗茂が別府大分で2時間09分05秒6を出したときは
テレビ中継がなかったんだよね。ラジオだけだった。
だけど、宗茂が世界記録を大きく上回るペースで独走したもんだから
途中からあわててテレビ中継が始まった。信じられない出来事だな。

520ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 18:52:38.64ID:SPM3E+SP
今では考えられない話。そう言えば80年の箱根駅伝
の2区は、急遽NHKで実況生中継したと聞いた。

521ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 20:05:36.48ID:dY1Fj33n
あまり詳しいデータが見当たらない大会なんですが、1967年、スペインのサラウスマラソンの動画。
https://www.youtube.com/watch?v=V44nI2ua0ZY
アベベは前年も参加をしていて、その時は優勝していますが、この時は長引いている故障の為か、途中棄権でトレーナーのニスカネンと共に車に乗っている。
代わりに優勝したのはマモで、この時既に翌年メキシコオリンピックでの王者交代劇の前兆があった。
因みにこのレースの参加者には、翌年のサラウスでは優勝、更にメキシコでも6位入賞するゲブルや
ミュンヘンの10000mでアクシデントの為に途中棄権したガムーディの代わりに8位で健闘した同国チュニジアのザーンダムという選手も走っている。

522ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 20:49:19.59ID:zApo+qXr
>>521
貴重な映像ですね。私も別の大会のアベベを発見しました。
https://www.youtube.com/watch?v=ji3Gt1ouVRs

523ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 21:11:04.04ID:dY1Fj33n
ザトペックも感動し、彼のその後の人生に大きな影響を与えたベルリン五輪10000m、5000m共に4位と健闘した
伝説のランナー村社講平のように、メキシコ五輪10000m、5000mで大きな感動を呼んだランナーにメキシコのマルチネスがいる。
地元の選手ということもあって、当時会場でのマルチネスへの声援は凄かったらしい。
21才の若手で小柄な身体ながら何度も先頭に立って走る姿に観衆は興奮し、正にベルリン五輪での村社を彷彿させ、10000m、5000m共に4位と結果まで同じであった。
https://www.youtube.com/watch?v=fWuAMm0GxyI
https://www.youtube.com/watch?v=7fMCQhIx-C8
70年には来日もしていて、ミュンヘン五輪の10000mも走っているが、この時は決勝まで残ったが10位という結果だった。

524ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 21:19:29.89ID:dY1Fj33n
>>523
補足ですが、69年大晦日の8.4kmレース映像には走る前の澤木選手も映ってますね。

525ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 21:24:53.42ID:luMR1BcY
>>523 サンパウロマラソンの方には沢木が走っていますね。

526ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 22:20:56.48ID:dY1Fj33n
ARRSはプレオリンピックのトラック競技のデータなども全選手の記載が無かったりしますね。
1963年の東京国際スポーツ大会の5000mは円谷は5位、ガムーディ4位、6位は澤木で、
優勝したイギリスのブルース・タローは「裸足のタロー」の異名を持っていました。
https://www.youtube.com/watch?v=wpE58uiFlR4
本戦の5000mで優勝したアメリカのシュールは故障続きで次のメキシコは難しかったみたいですが、
10000mで優勝した同国のビリー・ミルズがメキシコ五輪に出なかった理由が分からないままです。
ミルズは映画化されたりしていますが、当時の走っている映像は少なくて、同国リンドグレンとの接戦や
https://www.youtube.com/watch?v=8enmHE2bZJ8
フランスの長距離選手の英雄、ミシェル・ジャジが優勝したヘルシンキのレースで観られました。
https://www.youtube.com/watch?v=h7haylwQdMc

527ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 22:28:59.02ID:luMR1BcY
一寸クリアではないけど
https://www.youtube.com/watch?v=dyj8yIvFM90
はヨーロッパ選手権(アテネ)でのロン・ヒル等の雄姿。結果は
https://en.wikipedia.org/wiki/1969_European_Athletics_Championships_%E2%80%93_Men%27s_marathon

実は所謂アテネ古典マラソンは春先に行われ、アテネ五輪と同じ難コースながら
欧州選手権を棄権したアドコックス(メキシコ五輪5位、その年の国際マラソンで
世界歴代2位で優勝し、マモ等を差し置いてその年の実力ランキング1位に推される。
また70年のびわ湖毎日でも大会新で優勝)が2:11:07という世界歴代3位相当の好記録
で優勝。このコースレコードはアテネ五輪まで残った。2位の君原も2:13:25:8の
生涯最高記録だった。これは猛烈な追い風が吹いた際の片道コースならではの恩恵
故だった。

一方、前年のメキシコ五輪では10000のみの代表(東京五輪ではマラソンと10000の
代表)だったヒルは、これで自信をつけたのか、年末の福岡では2:11:54の好記録で
2位、翌年のボストンでは世界歴代2位の2:10:30で優勝、更に英連邦で史上2人目の
サブ10である2:09:28を記録し、(年末の福岡では惨敗したものの)文句なしの
年間実力ランキング1位に選ばれた。3強(クレイトン、ヒル、宇佐美)の一角として
優勝候補として挙げられたミュンヘン五輪では君原から遅れる事10秒余の6位で
不完全燃焼だったと言えよう。

528ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 23:09:33.93ID:dY1Fj33n
1967年のプレオリンピックに当たるメキシコ国際スポーツは澤木は不参加だった模様。
10000mにマラソンも走る選手が出ていて、8位佐々木、10位宇佐美、12位君原。ベルギーのローランツが3位(3000mSCの方では優勝)でマルチネスはここでも4位。
5000mは日本選手は不参加でマルチネスは3位。この時、5000m、10000mの2冠はチュニジアのガムーディ。
メキシコ五輪長距離は高地民族の圧勝だったということで、その中にガムーディの名前も入りますがチュニジアは高地ではないので、他国の選手と同じように高地トレーニングが大変だったようです。
プレオリンピックは2冠達成でも果たして本戦では通用するか戸惑いがあったようで、3日間も眠れないで五輪10000mに臨んだという事です。
http://www.garycohenrunning.com/Interviews/Gammoudi.aspx
メキシコ五輪のラスト1週は10000が56秒、5000が54秒とラストは平地と特に変わらなかったようです。

529ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/01(日) 23:42:46.04ID:luMR1BcY
>>528
メキシコ・プレオリンピックのマラソンではローレンツが優勝、君原が2位、宇佐美が3位、
佐々木精一郎が4位になっていますね。
https://more.arrs.run/race/34821
この結果がクレイトンの世界記録の際の高橋進のコメント「人類が2時間10分を
最初に割るとすればローランツだと私は確信した」
http://www.coara.or.jp/~hinoue/World/Fukuoka/1968_Fukuoka.html
に繋がった。

佐々木精一郎は10月22日にプレオリンピックで走ってから12月3日に福岡で世界記録を
上回る記録で走り、2月4日に別府で大会新で走って
https://more.arrs.run/runner/9394
ダメージは相当でかかった筈。レース過多で選手寿命を縮めたと思われる。因みに6月27日の
https://more.arrs.run/race/35116
3位28:40:8も日本新だったが、同じレースで沢木が28:35:2で2位になっているために
日本記録変遷史に残っていない。これは佐々木のマラソン記録が世界記録変遷史に残って
いないのと同様。

530ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/02(月) 12:11:21.89ID:ELD7YUad
色々な強豪の歴史をココで学べる

531ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/02(月) 23:12:36.90ID:u26zwd2y
アルベルト・コバ(イタリア)
https://m.youtube.com/watch?v=W0Iv5pz6JtI
https://more.arrs.run/runner/5741
82年欧州選手権、83年世界選手権、84年ロス五輪と10000の大レースを3連勝したキッカー。
そのキックはラスト1周にわたってというよりも必要な時の一瞬のみに発揮され、勝負勘の
良さが光った。しかし、それ故に記録とは無縁で玄人受けもせず、余り覚えている人は
多くないかもしれない。少なくとも同じロス五輪のもう一人の長距離5000の覇者である
サイド・アウィータやモスクワの覇者のミルツ・イフターとは知名度で大差がある。

532ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 00:09:35.17ID:wHQdl4nq
エミール・ザトペック
https://m.youtube.com/watch?v=qINaVe0oyx0 ヘルシンキ5000
https://m.youtube.com/watch?v=RqozVyagbyc ヘルシンキ10000
https://m.youtube.com/watch?v=hHaT5beAdQI ヘルシンキ、マラソン
https://m.youtube.com/watch?v=KvEBEK8_vqc ロンドン 5000
力感溢れる走法で戦後すぐの陸上長距離を席巻。400mx100のインターバルを
行ったりしたが、そもそもインターバルは彼の発案。上記ビデオの中では
ヘルシンキ5000が最も好勝負で、一時期金メダル間近と思わせ転倒した
チャタウェイはメダルにも届かず。5000,10000の双方で銀と苦杯を舐めた
ミムンはメルボルンのマラソンで金メダル。ザトペック(6位)に雪辱すると
共に溜飲を下げた。

533ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 01:18:05.62ID:8XZUtK4L
プレオリンピック・マラソンに当たる1963年の朝日国際マラソンの動画が
「あるマラソンランナーの記録」に少しありますね(マラソン動画は6分辺りから)。
https://www.youtube.com/watch?v=CNehMv0jsLY
https://more.arrs.run/race/14706
http://www.hakone-ekiden.jp/s/record_marathon.php?m=117
5分辺りでは80mハードルの依田郁子も好走。14分辺りには円谷の映像もありますが、こちらは記録会でプレオリンピックの円谷も観たかった。
この朝日国際マラソンは1位ジュリアン(NZL)、2位君原で、3位のベルギーのバンデンドリッシュは同年のボストンマラソンで優勝。
このボストンはアベベが初めて負けた(5位)として有名な大会で、同行したマモも12位。ブライアン・キルビー(英)は3位。
https://more.arrs.run/race/16795
このレースには当時のエチオピアランナー達の支柱であったスウェーデンのコーチ、オンニ・ニスカネンが初めて不在のレースだったと言われている。
アベベはこのボストン以外では、67年のサラウス、68年のメキシコが途中棄権で終わっている(この2レースの優勝者はいずれもマモ)ので、メキシコ五輪では3連覇も期待されていたが、競技生活最後の2年間は不調であった。
https://more.arrs.run/runner/8948
元々、円谷と再会した東京五輪翌年の65年来日辺りには既に足を痛めていたという話もある。
http://www.lakebiwa-marathon.com/history.cgi?020
先日亡くなった東京五輪マラソンの2位だったヒートリー(英)は元々はクロスカントリーがメインのキャリアが長いランナーであったので、東京五輪を引退レースとして有終の美を飾った。
https://more.arrs.run/runner/8949

534ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 08:09:03.18ID:BEMlhwGs
ザトペック投法(故・村山実)という言葉があるくらい、野球界でもザトペックの名前は
浸透している。

535ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 10:04:33.25ID:55TKLZX/
フィンランドも世界水準に復活して欲しい

536ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 19:27:39.33ID:x9JIt7nW
インターバルは、長距離練習の定番になり過ぎ。
少なくとも市民ランナーには必要ない。

537ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/03(火) 21:36:36.99ID:F/Km6y8T
インターバルトレーニングの後に一世を風靡して現在も使われているヒルトレーニング
(ファルトレク)を前面に出したのがリディア―ド氏。その成果として、ニュージーランド
の中長距離選手が席巻した。その中でもリディア―ドの愛弟子として中距離に君臨したのが
ピーター・スネルで、ローマ五輪で800の金、東京五輪では中距離2冠。1962年の800の
世界記録は11年残った。また1マイルの世界記録、1000mの世界記録も残している。
https://www.youtube.com/watch?v=RK0woLEtQQA
を見れば分かる通り、他の選手との差は歴然。もしプロとして続けられたらもっと長く
君臨しただろう。

538ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 01:38:24.91ID:W2R6SNoc
森下銀メダルのバルセロナ五輪
韓国の黄永祚との一騎討ちの激戦の末に破れたため、
当時の実況は残念ムード満開だった。
その後の表彰式でも国歌斉唱のあと
しばし沈黙後
「やっぱり中央に日の丸が立って欲しかった…」
旨を呟いていたのが記憶に残る。
ただし、後日知ったことだが
黄永祚は日本のマラソンランナーをリスペクトしていて
たしか中山のポスターを部屋に飾って目標にしていたはず。

539ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 04:33:43.32ID:g5nlVa9s
かなり有名な話

540ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 04:37:35.31ID:g5nlVa9s
>>537
リディアード式は、中村清氏にも強い影響を与えた模様。代々木公園を利用したトレーニングも瀬古氏の練習にかなり登場しているようです。

541ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 18:00:48.55ID:sUO/XoE8
森下と宗茂がレース後、
ホテルに帰るタクシーで無言だったらしい。
勝てる確信をもって臨んだだけにすごく悔しくて
重苦しい雰囲気だったと。

542ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 19:29:42.29ID:W2R6SNoc
前年世界チャンピオン谷口、
絶好調の森下
前回4位でリベンジ目指す中山への期待は物凄く大きかった。
モスクワ(辞退)→ロス(宗猛4位)→ソウル(中山4位)という悔しい流れもあり、
さらには有森の銀メダル獲得でいやがおうにも盛り上がり、80年代の往年ランナー達も高齢になり他国はいまいち世代交代進まない状況で
直前はメダル独占を信じて疑わない雰囲気が漂っていた。

543ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 20:19:44.89ID:ofmuTuyC
>>542
しかしその内実は綱渡り。特に谷口は5月中旬に右足指に痛みを感じ、右足第2中足骨に
疲労骨折の疑い。5月27日に骨折が確定し、1か月の入院で、五輪の代表辞退も必至と
見られた。一応箝口令が引かれていたものの、テレビでもプールの中を歩く谷口ばかり映って
勘の良い人は谷口はダメと感じ取ったに違いない。また中山も前年の世界選手権を棄権した
他、91年別大、92年東京と森下に連敗し、多くは望めずメダルは無理、という見方が大勢を
占めた。この中で若い森下にかかるプレッシャーは強く、張り切り過ぎた事もあり、
若干、調子のピークが早くなり過ぎた様である。尚、骨折入院から退院した谷口は思った
より順調にトレーニングをこなし、調子のピークを五輪(8月9日)に合わせる事は成功したが、
例の「こけちゃいました」で万事休す。

544ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 21:19:41.80ID:Ki0GoVjp
谷口は、ホント良くやった。
専用スレがあってしかるべき偉人。
しかるに特定の人物・団体叩き、かもり某など、本当
にどうでもいいクソスレが幅を利かせている。
そんなのは閲覧する気にもならん。

545ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 23:29:58.83ID:ofmuTuyC
陸上長距離史上屈指のスキャンダルだったのが1992年のバルセロナ五輪10000m。
https://m.youtube.com/watch?v=f6ISseFy3Fg
ここで周回遅れでチェリモの邪魔をしたブータイブはソウル五輪の10000の覇者とは
別人。

546ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 23:55:46.87ID:mIb3dWOS
>>543
中山はメダルは無理という見方が大勢を占めたってお前の脳内妄想だろ?

お前どうせ陸上ヲタのガキなんだろうけど、wikiなどをソースにして語るのは恥かしいからやめておきな。

547ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/04(水) 23:56:48.94ID:mIb3dWOS
>>541
森下は、「おめでとう」じゃなくって「お疲れさま」と言われたんだってね。

548ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 00:06:05.06ID:VMP6OhB4
メダルは無理とまで言われてたかはともかく中山の評価は低かったね
谷口森下は金候補だったが

549ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 09:47:53.23ID:UOOUnTrC
入賞圏内だったから過小評価されていたわけではないと思うが、国内第3代表
の扱いだったから騒がれなかった。ソウルの時とは全く違って目立たなかった。
せっかくの良スレに水を差す>>546 がイタイ人物に見えるのは私だけだろうか。

550ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 19:13:00.41ID:qB68ik85
そういうのいいから。
ほんとイタイやつだな。

551ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 19:47:48.26ID:K6GBe53D
ブータイフの変な行動でとばっちり食った気の毒なスカー

552ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 20:27:12.93ID:yrfZVYvO
>>549
いいえ、当時生きてなかったくせに、ウィキやナンバーなどで得た知識をいい加減にひけらかしているリクヲタのガキが一番イタイデスヨ!

553ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 21:06:19.05ID:T5wVHWg7
どうも最近スレの空気が悪くなってきているので暫く放置しようと思います。
私個人としては森下は東京オリンピックの円谷と共通点があると思います。
円谷は生涯マラソンを6回しか走らず、そのうち4回が東京オリンピックの年です。
ヒ―トリーに逆転負けして銅メダル。ここで燃え尽きてしまったのだと思います。

554ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 21:35:44.34ID:GKirSeT0
バルセロナ選考の東京マラソンで、優勝森下、2位中山だったけど、宗さんが「今日の中山、オリンピック出ても相当やれそうですね」って評価してた。
中山は前年の別大でもサブテンで2位、当時のサブテンは今と価値が違う
ソウル五輪程の勢いはないけど、30代前半でマラソンやるには脂が乗っている時期で、かなり力あったと思う。

555ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 22:22:09.36ID:bj8iswb5
何かえらく若く見られて面映ゆい。文体とか書いている内容から爺いという事くらい
分かりそうなものだが。

中山の思い出と言えば在米中の89年のボストンで活躍を期待しながら全く報道されず、
どの結果にガッカリして若干点が辛くなっているかもしれない。ソウル以降、優勝は
一回で、それもバルセロナの2年以上前に後半ヘロヘロだった東京のみでメダルを期待
するのが酷だったろう。逆に大事な3代表の中山がメダルを取ればメダル独占という
事になりかねず、それは無理だろうというのが大方の予想だった。

因みに事前予想の書いてあった月陸は流石に捨てたが92年10月号の日本チームの大串啓二
監督のコメントが当時の中山の評価を物語っているので載せておこう。
「いやあ、中山はよくがんばりましたよ。何度か練習を見せてもらいましたが、これは
厳しいな、と思っていたんです。それをあそこまでやりましたからね。本当によく入賞
してくれました。」
まあ、これを読んでも大方の玄人筋が中山のメダルは期待せず、3位を争う形で競技場に
戻り、やっぱり4位になってしまったが、期待以上だったから誰も責めなかった事が読み取れる
だろう。

でも懐かしいね。実は92年の6月にバロセロナを訪れ完成間近の競技場を見、モンジェイック
の丘も歩き回った。フニクラには乗らなかったけど意味もなく対岸からゴンドラに乗ったり、
スペイン村でパエリアを食べたり。その後、2回バロセロナを訪れたけど92年の訪問が
一番印象に残っている。(更に言えば89年当時はアトランタに住んで居たので、あの五輪も
懐かしかった)。

556ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/05(木) 22:34:41.76ID:bj8iswb5
>>510
でウォトルの動画を紹介したのも懐かしさ故。実はミュンヘンで800はリアルに見ていないが、
モントリオールの際にABCのCMでカネローニを食べる彼と、あの最後の逆転優勝の映像が
嫌になるくらい流れていた。

557ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 10:05:23.98ID:s2YiQFnI
84年ロスから3大会連続で日本人が4位だったことに気が付いた。
文句なしの偉業だが、取って悔しい4位という順位。来年の東京五輪は、正直下位入賞
ならば御の字だろう。当時のほうが世界の中心軸で勝負出来ていた「いい時代」だった。

558ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 10:16:08.71ID:s7HsR6gC
またマラソンの五輪連続入賞は君原、中山しか成し遂げていない偉業です。

559ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 12:33:32.45ID:X863Wvzx
Wikipediaが信頼ならないということで、それのコピペだと騒いでいる人に問題を
出します。以下の3つのWikipediaの記述の誤りを訂正せよ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%9B%BD%E5%85%89
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
https://ja.wikipedia.org/wiki/1976%E5%B9%B4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%81%B8%E6%89%8B%E5%9B%A3#%E9%99%B8%E4%B8%8A%E7%AB%B6%E6%8A%80

まあWikipediaに書いてあるような低レベルの話(下手すると間違っている)はこのスレにはあまりないから。

560ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 13:13:38.64ID:e5nWecQA
>>559
陸ヲタ君、気持ち悪いって周りからよく言われない?

あ、子供部屋にこもってるから人に会わないかwww

561ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 14:06:26.65ID:UE3LXm0Q
>>559
伊藤国光の引退年が1991年になっているのは1989年の誤りですね。
あとは私には分からなかった(笑)
もちろん、↑の人とは無関係です。

562ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 16:47:49.48ID:tS6E4KtK
>>561
私が把握しているミスは以下の通りです。Wikipediaは間違いが多いのが通例ですが、
陸上関係はその中でも相当レベルが低いでしょう。信用しない方が良いです。

伊藤国光に関して:
そもそも彼のマラソン成績の項を見ただけで「1977.04毎日マラソン」が2つあります。
正しい彼の初マラソンは「1976/4/18 2:31:05 毎日マラソン 46位」 
 https://kateodata.biz/itoukunimitu.html
他にもあるでしょう。かなりこの項は雑ですね。

ショーターについて:
ここでも彼のマラソン成績及び「ミュンヘン・モントリオールの2度の五輪予選はいずれも2位で」
という記述が間違っています。正しくは両方とも1位です。ミュンヘンの五輪予選は1位タイ
ですが。
 https://more.arrs.run/race/15049
 https://more.arrs.run/race/12348
が正しい五輪予選の結果です。

モントリオール五輪の日本選手団の成績について
 鎌田の男子10000m:7位(28分36秒21)が誤りです。
これは予選3組の結果で予選落ちです。
 https://more.arrs.run/race/41624
予選の動画が Montreal olympic men's 10000m heat にあって鎌田も映っています。

563ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 18:20:46.49ID:xKA/c8JB
そもそもwikiは、陸上に関しては見ないからなァ。
ショーターの誤植は、かなり強烈です。

564ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 18:34:49.29ID:GamL6hqJ
新宅が10000mで27分44秒を出したときも強烈だったな。
エスビーが国立競技場を貸し切って、たしか3人だけでの記録会だったかな。
瀬古は走らないで応援してたんだけど、あわや日本記録(当時は瀬古の27分43秒44)
となって無言になっちゃったとか。
これで新宅のオリピックへの選択肢が3000mSC、5000mにさらに1つ増えてしまった。
けっきょく10000mで出たんだけど、五輪本番では同僚の金井豊に油揚げを
さらわれてしまった感じ(金井7位入賞)。
あの頃のエスビーはすごいメンバーだったな。
瀬古、新宅、金井、中村孝、谷口伴、坂口、ワキウリ、まだ誰かいたような。。。

565ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 21:29:15.64ID:/nRCpV5D
モントリオール五輪10000m予選の動画を貼り損ねた。
https://m.youtube.com/watch?v=kgjFguD7DgY
3組は16:30くらいから。その直前にソンブレロをかぶってインタビューに答えている
のは20km競歩の覇者ダニエル・バウチスタ(メキシコ)。5000の予選は
https://m.youtube.com/watch?v=LQOM91JVacI
くらいしか見つからない。

566ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 22:15:33.79ID:d3xDCxUh

567ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 22:27:15.40ID:/nRCpV5D
考えて見ると中村スクールのSBエリート集団は浪人生が多いな。瀬古を筆頭に、
金井、遠藤も浪人だし、谷口伴之もほぼ確実に浪人。新宅、中村の日体大組や
ワキウリを抜いて早稲田卒に限定するとすんなり大学に入ったのは坂口だけか。

568ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/06(金) 22:35:14.52ID:LfcB35IV
>>545
前年、日本で行われた世界選手権10000mではチェリモがリードし、タヌイが優位な戦局になり、スカーは破れ3位。
このレースには翌年の五輪でチェリモを妨害するハンモウ・ブタイブ(ブラヒム・ブタイブと重複するので、以降はハンモウ)も走っていて、この時彼は8位。
https://more.arrs.run/race/4562
まるでモロッコからケニアへの1年前の報復劇のような役者が揃ったバルセロナ10000m。
同国選手同士のチームプレイで強敵をマークしてやっつけるという作戦はままあるものですが、
ハンモウはチェリモの真ん前を長いこと走り、走路を塞ぐというもので、そのやり方が露骨過ぎたのでしょう。
もう少しチェリモの集中力を削ぐくらいに留めるものでしたら、ここまで大きな騒ぎにはならなかったかもしれません。
ただハンモウは周回遅れなので、やはりどうやってもその行為に不自然さは出てしまうでしょう。
この時ハンモウは既に36才で、どちらかというとクロスカントリーの方が主戦場の人でトラック競技の選手としては些か高齢で、当日決勝の参加者の中では一人だけ年代が違う。
https://more.arrs.run/race/3746
現在、Youtubeにはありませんが、ほぼレース全篇がdailymotionに。
https://www.dailymotion.com/video/x5p5nt9
ハンモウが介入せずとも、レース後半は完全にスカーとチェリモの一騎討ちだったので、失格か優勝かという措置も極端な気が。
暫定2位などの提案は出なかったのであろうか。

569ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 00:27:07.72ID:b7MBu4HG
>>562
陸ヲタキモイ

570ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 02:12:20.50ID:VHsh/Ujh
>>567
谷口伴之は現役

571ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 04:38:02.75ID:8NbHEhYZ
佐々木(永田)七恵も中村門下生

572ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 07:24:47.62ID:dmCRdDqk
>>568
≫失格か優勝かという措置も極端な気が。
暫定2位などの提案は出なかったのであろうか。

これは、スペインとモロッコが海を隔てて微妙な関係(最近のアジアの…以下自粛)だった事が大きい。

573ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 07:28:17.37ID:dmCRdDqk
スカーがゴールした時の競技場でのブーイングは
上記ハンモウの妨害がなくてもあったと思われる。

574ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/07(土) 09:24:25.81ID:qIHp1F2j
>>569
おまえこそIDの末尾が“HG”じゃないかwww

575ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 00:18:02.53ID:23VP8IE9
>>537
ピーター・スネルはローマで1500を走らなかったが、走っても金メダルを取れなかっただろう。
というのも遂にスネルが1500の記録を更新出来なかったハーブ・エリオット(豪州)が無敵の
王者として君臨していたからである。ローマ五輪の動画
https://m.youtube.com/watch?v=Pr0dWz_6oEI
を見ても2位のミッシェル・ジャージー以下とは別次元の走りをし、ゴールでは2秒8の大差を
付け自らの世界記録を更新する3:35:6でゴールした。この記録は7年間更新されず、74年になる
まで歴代3位に君臨していた。アンツーカーのトラックでの記録である事を考慮すると尚、
一層の価値が見えてくる。驚くべきはローマ五輪の際に彼は弱冠22歳だった事かもしれない。
アマチュアリズムが遵守されていた当時、五輪で金を取った後の競技上の目標もなく、五輪後、
ケンブリッジ大に進学して勉学に励み、2年後には完全に引退した。その後、彼はFMGという
鉄鉱石採掘会社の取締、非常勤代表に上り詰める等、実業家としても大きな成功を収めた。

576ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 00:24:26.08ID:bbttKNRn
>>575
おまえは80過ぎの爺かよ!

577ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 06:40:24.95ID:RjyPEo5K
ピーター・スネルは名前は聞いたことがあるな。やっぱり偉大な人だと再確認。

578ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 08:24:21.28ID:WTtPxn4t
>>576
静かにしろ、まさはん

5795682019/09/08(日) 09:32:15.86ID:WzO3vv9j

580ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 10:19:39.80ID:23VP8IE9

581ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 10:39:38.15ID:23VP8IE9
ケイノも加わっていたが73ー76年に仇花の様にプロ陸上(International track association)が
興行をし、74年春には来日して話題を呼んだ。東京にはメキシコ、ミュンヘンで活躍した
米元五輪選手に加えてボブ・ヘイズも参加したと記憶する。しかし中心選手はライアン、
リクオリ、ケイノ、ジプチョ(74英連邦後に参加)の中距離勢に加えて棒高跳びのシーグレン
や砲丸のオールドフィールド、400のエバンス等の様だった。発足の時代背景にブランデージ
IOC元会長の厳格なアマチュア主義があった。しかし後任のキラニン元会長はプロ化を認める
方向に布石を打ち74年のIOC総会で方針の変更を公的に宣言した。その結果、普通の陸上大会
でも70年代中盤からアンダーザテーブルという形で賞金が出るようになり、プロ陸上の意義が
急激に薄れ、76年のモントリオール五輪後にニュージーランドの3強(ウォーカー、クァックス、
ディクソン)他と契約を結べず、ひっそりと幕を閉じた。

プロ陸上の失敗には幾つかの要因があるだろう。まずは資金難と限られた選手。次いで契約選手がほぼ
アメリカ人でたまにケニア人という偏った人選でヨーロッパの選手から無視された事、
更に女子選手が殆どおらず、上述の様に通常の陸上がプロ化する中で存在意義を失ったことが
致命的であった。記録的にはオールドフィールドが世界記録を1m以上上回る22m86を出したり、
棒高跳び、走り高跳びでも世界記録を上回ったが、記録は公認されず、世界的に認知されるに
至らなかった。

582ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 17:16:09.01ID:23VP8IE9
古くからケニア、エチオピア、モロッコの3カ国のランナーは中長距離で覇を競ってきたが、
不思議と10000mの世界記録を作るアフリカ人は中々現れなかった。遅ればせながらアフリカ
人として初めて10000の世界記録を作ったのはサムソン・キモンバ (ケニア)であり、1977年
6月30日でのヘルシンキでのワールドゲームズに於いてであった。このレースは日本人にとっても
忘れ難いものであり、5位ながら鎌田俊明が27:48:63という史上初めての27分台を記録している。
https://more.arrs.run/race/36278
当然、その年に行われたワールドカップでキモンバ の勇姿を見られると思ったがアフリカ代表は
イフターであり、ガッカリした事を記憶している。キモンバ のランナーとしてのキャリア
https://more.arrs.run/runner/18024
は76年から79年の短い間であり、国際的活躍は77年のみであった。動画はNCAAで優勝した際の
https://paulmerca.blogspot.com/2013/01/washington-state-hall-of-famer-samson.html
が残っている。基本、プロランナーではなくワシントン州立大学の学生だったという印象が
残る。後年は母国に戻り教師の傍らコーチを務めていた様である。2013年1月に逝去。
享年57だった。

583ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 20:00:14.94ID:lYPj2dDw
早過ぎる。合掌。

584ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 21:03:48.32ID:WzO3vv9j
>>580
おお!そうだったんですね。
気掛かりだったもので、情報ありがとうございます!!

585ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/08(日) 23:56:47.49ID:1gNVUMV1
まあ、良かった。

586ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 00:02:52.81ID:OdxLNg7M
キモンバ の前の世界記録保持者であったデービッド・ベドフォードもユニークな選手であった。
彼は長髪で無精髭を蓄えヒッピーの様な風貌で、世界記録保持者でありながら危うく1974年の
英連邦大会の際にニュージーランドから入国拒否を喰らうところだった。レースぶりも
完全なフロントランナーでキックがまるで効かず大大会では屡々振るわなかった。
例えば1971年のAAA championship
https://m.youtube.com/watch?v=kraiMbRQtFc
で圧勝し、世界歴代2位の27:47:0を記録し、5000でも翌年の同じ大会でやはり世界歴代2位の
13:17:21を記録し、両種目ともダントツでランキングトップの優勝候補として臨んだ
ミュンヘン五輪は10000が6位、5000が12位だった。ミュンヘンでも
https://m.youtube.com/watch?v=MkXsjfVnG0k
でビレンとガムーディが接触転倒をする時にトップを走っていたのがベドフォード
である。しかし、おそらくミュンヘンの敗戦は識者には予想されていた事で、既に
このスレでも紹介された71年の欧州選手権の10000を見ても
https://m.youtube.com/watch?v=Qrp2K9zxgrs
鐘が鳴るまでトップで居ながら、1周でトップから11秒56も遅れを取り6位に終わっている。
従って世界記録を作った時のように
https://m.youtube.com/watch?v=6TFV0jjRrug
無人野を行くようなレースを得意としたが、競い合うとまず勝ち味がなかった。
入国拒否騒動のあった英連邦大会でも
https://m.youtube.com/watch?v=oDr3QAmp-6E
のように体良くペースメーカーを務め、10000は4位、5000は6位に終わった。
故障もあって74年から77年まで走っておらず実質74年でキャリアを終えた。

587ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 09:45:08.98ID:L4tZJBrq
フロントランナーというと思い出すジュマ・イカンガー

588ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 10:20:33.04ID:WCwhDJlc
ビル・ロジャースが75年のボストンで史上4人目のサブ10を出した時は驚きがあった
https://www.youtube.com/watch?v=wW9Dnm8O5Dk
と同時に(歴史だけの)田舎片道レースで好記録を出しても信用ならないという受け止め方
が多かった。実際、それまではアメリカのTrack & Field Newsの実力ランキング
https://trackandfieldnews.com/wp-content/uploads/2019/01/11-mMarRank.pdf
でボストンはほぼ評価されず、福岡は下手をすると五輪より評価される権威あるマラソンで
あった。(68年のランキングの1,2位は福岡の1,2位で3位以下に五輪のメダリストが並ぶ。
72年でもランキングの1,2位は福岡の1,2位。特に2位のファーリントンは五輪不出場(国内予選落ち?))
。しかし米国内では違ったのかもしれない。劣等感を拭い去る良い機会として実力ランキング
でボストン優勝のロジャースを1位、2位のホーグを4位に据えた(2,3位は福岡1,2位の
ドレイトン、チェトル)。
 ロジャースは五輪予選はショーターに7秒遅れの2位ながら好記録であり、有力なメダル候補として
モントリオールに臨んだが腹痛もあって40位と惨敗。しかしその2か月半後のNYCでは
ショーターに圧勝し、覇者の交代を印象付けた。その映像が
https://www.youtube.com/watch?v=kXsA5f6Ds_g
であり、村上龍の小説にも驚きをもって覇者の交代が触れられていた。その後の活躍は
言うまでもない。79年の
https://www.youtube.com/watch?v=XvM50uNQ4_A
では前年の福岡のチャンピオンである瀬古をボストンの王者ロジャースが迎え撃って
圧勝したという意味でマラソンの格の逆転があった分水嶺のマラソンだったのかもしれない。

589ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 11:56:25.66ID:JIuPmuDY
モスクワボイコットが悔やまれるという点ではロジャースは瀬古以上。
まだ24歳と若かった瀬古に対してロジャースはラストチャンスだった。

590ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 20:26:54.65ID:OdxLNg7M
1983年の第1回世界選手権の5000mを制したのはイーモン・コグラン(アイルランド)だった。
https://m.youtube.com/watch?v=SSJfsnhW0Hc
彼は元々良く知られたマイラー/1500の選手であり、特に室内競技会では無敵の王者として
君臨した。1983年に史上初めて室内でマイル3分50秒を破る3:49:87の世界記録を出した。この
記録は未だ歴代4位である。
五輪では76年の1500、80年の5000共仕掛けが早過ぎた事もあり、惜しくもメダルを逃す4位
であった。世界チャンピオンとして臨む筈だったロス五輪は怪我のために出場出来ず、ソウル
五輪では準決勝落ちで一線のキャリアから退いた。
彼は引退後ハーバードで学ぶ傍ら走りも続けて41歳でもマイル4分を切る走力を維持した。
その後、政治家として上院議員として活躍した。
https://more.arrs.run/runner/4352

591ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 21:01:38.63ID:gwVkxKqj
S・ジョーンズが福岡国際のゲストで来日したとき
ボストンで敗れた瀬古のことは絶賛したのに対し、
中山については「Nakayama? Who?」てのにはまいった。

592ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 21:38:41.63ID:J4gJa6g8
ヤバイ、面白すぎる。
陸マガとかでこのスレの覆面オフ会やってくれないかな?大変有意義な陸上談話になりそう。

593ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 21:46:56.44ID:i4BQguto
>>592
キモイ陸ヲタがネットに載ってるだけのことを書き込んでるだけなのに何勘違いしてるんだ?

ってか、お前>>590だろ?

594ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/09(月) 22:17:10.89ID:it4HWX02
ショーターとロジャース
75年の10マイルレースらしい
https://www.youtube.com/watch?v=i3aP_QiP2KU
お手々をつないでゴールインがキモイw

595ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 00:06:48.49ID:yY0r+ADc
>>586
ベドフォードは心機一転の為か気紛れか、ミュンヘン5000mの予選を終えた後、決勝を前にそのトレードマークである長髪をバッサリ切っていますね。
https://www.mediastorehouse.com/colorsport/athletics/1972-munich-olympics-mens-5000m-heats-6114032.html
https://www.youtube.com/watch?v=ASmL_8f95KM
次に何をやるのか予測がつかない天衣無縫な人物だったようで、レース運びは70年にオスロの10000mで人々に惜しまれながら引退した巨星、ロン・クラークを思わせますね。
クラークは前に書かれていました、ローマ五輪1500金の同国のエリオットと50年代はよく走っていて、エリオットの活躍が一因で再び走るようになったと言われている。

70年代はロックやフォークなどの音楽が黄金期だった所以か、陸上界にも長髪や髭のランナーも見掛けるようになる。
ビリー・ミルズの映画「ロンリーウェイ」のように、上記のミュンヘン5000m決勝も「プリフォンテーン」で映画化されている。
https://www.youtube.com/watch?v=SuEn_DKIh_E
こちらの番組は当時の関係者や多くのランナーがコメントしている。
https://www.youtube.com/watch?v=5ghnepo096Q

ミュンヘン五輪中長距離はメキシコに続くケイノの活躍やウォットルの800m、ビレンの2冠等が語られることが多いが、1500でもビレンと同国フィンランドのバサラが金であった。
https://www.youtube.com/watch?v=xAtd55lQrYA
https://www.olympic.org/munich-1972/athletics/1500m-men

596ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 00:19:34.01ID:gqK3V9c5
>>595
貴重なコメント有難うございます。プレフォンティーンの映画は知りませんでした。
https://m.youtube.com/watch?v=ZiP76GCMLkU
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Prefontaine_(film)
ですね。時間があったら観ておきます。

597ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 03:35:33.65ID:e4P3Euyu
どんどんレスが伸びていて追い掛けるのが大変(笑)

598ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 07:03:08.52ID:/tFIKalw
いつの間にか20世紀世界最強長距離選手スレになっていたw
でも往年の名選手の未見映像がたくさん見られて嬉しい

599ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 12:39:52.34ID:X/PwHCSm
瀬古&中山、ほぼ忘却の彼方。だがそのうちまた語られることもあろう。

600ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 17:46:32.10ID:ZLkeZhMO
なんでもあり

601ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 20:15:50.19ID:VIn40XNJ
中山が33年前に出したソウルアジア大会のマラソン記録が未だに大会記録で破られていない
独走で出した2時間8分21秒
中山自身3回目の8分台だった

602ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 20:50:49.57ID:z900Ats/
日本勢以外は全くの二線級だったにも関わらず記録を出してしまった中山は素直に凄い

603ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 20:52:47.60ID:6QxQHOGk
消えた天才で中山さんを取り上げてほしいよ。数年前ランナーズで農業やってるという
記事を目にはしたが…

604ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 21:03:45.90ID:MWgqC76P
>>603
映像加工が発覚し番組休止に追い込まれたようだ
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201909100000362.html

605ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 22:08:24.56ID:L4mO1HhS
>>603
この前マラソン関係の番組に出てたよ

606ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 23:00:55.85ID:OrvZM9j3
>>601
このスレに1986年アジア大会マラソンの動画があるよ。ついでに5000で惨敗した日本勢のも。

607ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 23:17:55.32ID:CCNqDF0D
中山選手は消えた天才なんかじゃなく本物の努力の天才だと思う
オリンピックこそ連続4位でメダルに届かなかったけど、マラソン日本記録、8分台4回、ハイレベルの1万m日本記録等結果も残してる
今の高校→箱根→実業団みたいなコースから全く外れてたが、自分で努力して当時の日本トップ、世界トップまで登りつめた凄い選手。
あんな番組で取り上げるべき選手ではない、中山選手に失礼だと思う。

608ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/10(火) 23:27:44.68ID:OrvZM9j3
>>601
アジア大会は >>289 だね。
>>607
やっぱり天才だよ。中山が福岡で優勝した時(ひょっとしたら翌年のワールドカップで日本新を
出した時)、宗兄弟が中山の腰の高い走りを見て、我々とは素質が違うと言っていた。走りで
大物感を出し底知れぬ才能を感じさせたのは中山と高岡だけだな。瀬古は高校の時から有名だったし、
腰が低い如何にも日本人の走りだったからそういう強いインパクトはなかった。瀬古の海状態から
復活してインカレで優勝した時はキターと思ったけど。

609ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 02:47:13.84ID:7orsJbxi
「消えた天才」は脚色されている(誇張されている)番組だから早く消えて欲しい番組でも
あった。放送するなら、せいぜい年に3回程度。
中山竹通は、そもそも消えていない。日本マラソン史上に燦然と輝く男であり、中山の
存在を無視することは、日本マラソンを理解していないことでもある。
これほど破壊力のあるマラソンランナーは現在に至るまで日本には出現していない。

610ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 06:55:00.89ID:Ih6agITC
瀬古と中山は勝負スタイルが全く真逆。
前半から潰しに行く中山と、後方待機の戦術を徹底させてラストで伝家の宝刀を抜く瀬古。

611ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 08:04:57.16ID:FPgUYZjr
87年の瀬古利彦の福岡欠場は本当に悔やまれる・・・・・・

612ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 10:04:16.14ID:xxP+KGCx
>>611
欠場しておいて良かったんじゃないかな。本調子で出場しててもあの時の
中山さんにはとても敵わなかったよ。

613ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 13:46:13.74ID:bZmtRDMn
仮に出場していたら後方待機スタイルを通していただろう。新宅と同じような位置取りで
30km以降集団を抜け出すというような。しかし、中山に届いたか、は厳しい。

614ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 18:20:27.88ID:/LSlM3F8
最盛期にズレがある。瀬古の最盛期は83年で中山の
最盛期は87年だろう。

615ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 18:43:51.07ID:mY2Bu8hL
今夜8時からTBSでMGCの特集あるね。
皆さんが言う、32年前のことにも触れるみたい。
瀬古さんの欠場に、中山さんは自分なら這ってでも出場しますをマスコミに
這ってでも出てこいって脚色された87年の福岡。

616ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 19:51:52.55ID:dofMrw5Z
瀬古、海外では自分でレースをつくってるんだけど、
どうしても福岡の印象が強くて常にラスト勝負と思われてるね。

617ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 19:58:58.09ID:IvCjBpCw
瀬古利彦はロス五輪以降は、勝負をかけるポイントが
早くなっていたのが気に掛けていた。

618ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 20:07:40.90ID:IQw2gwcp
工藤一良出てくるみたいだな。

619ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 20:19:24.24ID:IQw2gwcp
仙内勇は無視かいな。工藤より良いタイムだったから瀬古はそれを超える必要があった。

620ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/11(水) 20:30:40.58ID:NGCIVBND
申し訳ないと思うんだったら最初からびわ湖走らなければ良かったじゃん

621ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 00:49:09.33ID:cQRqbTpj
瀬古利彦対谷口浩美が一度も実現しなかったのが残念

622ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 02:31:40.68ID:1AxTrGL5
>>621
瀬古と谷口が対戦できるチャンスはあった。
谷口は87年の東京とロンドンで優勝しているが、その間のボストンで瀬古が優勝した。
88年のびわ湖に暑さに強い谷口が出場していれば瀬古は逆転負けした可能性が高い。

623ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 13:42:10.27ID:EJ/27YB2
88びわ湖あたりでは瀬古と谷口の力関係は逆転していたかも知れない。
しかし谷口浩美は、信じられないほど上の世界に駆け上がった。
スーパースターの域に達した。本当なら単独スレッドを立てたい男だが、どれだけギャラリーを
集結出来るか、がネックになって立てられない。瀬古&中山関連のこのスレで一緒に
活かすのが彼のためにも一番いい方法だと思う。

624ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 15:57:10.74ID:l7mJ8nyV
>>618
工藤が選ばれてたら箱根駅伝で瀬古のウザい解説聞かされなくて済んだのにw

625ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 16:15:59.50ID:B8x/sFDo
碓井哲雄さんの解説はいいなあ。現代の事情にも明るいし。

626ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 22:22:34.29ID:ClRoq1VQ
工藤は選ばれなくて良かったんじゃないの。
あれでもし選ばれてたら、「なんで瀬古じゃなくてこんなやつ」と言われ、
本番で入賞すら出来なかったら無傷で帰国できなかったと思う。

627ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 23:32:51.60ID:bqPKIypu
工藤一良。全国高校駅伝1区区間賞の勲章もある。

628ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/12(木) 23:46:26.11ID:HHhL69wb
>>627 その時の同タイムの2位が谷口。

629ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 05:31:32.47ID:QyFFQ1RW
その時の3位は順大に進み箱根で活躍した中島修三、4位が翌年のIHチャンピオンで専大
、日産で活躍する加藤覚、5位が清田勝義、6位が日体大でレジェンドになった大塚正美。
5位の清田だけピンと来ない人が多いと思うが、女子MGCに残っている清田の父親で、
血は争えず顔が瓜二つ。

630ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 07:22:54.80ID:UQ+NI5ST
女の子は父親に似る
宗由香利も宗猛に似ている

631ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 09:02:30.70ID:RCAlkJl5
うむ。宗由香里の兄は箱根駅伝に出ていた記憶がある。
しかし78年の高校駅伝の1区は壮観だなあ・・・・・・・・3位の中島修三は箱根駅伝4年
連続の区間賞。大塚正美と同時達成となったことになる。大塚vs中島が同一区間で
実現しなかったのは幸いであった。
78年は2区で小林高校が抜け出して2年連続で全国優勝したと記憶している。
1区2位で、名久井農は工藤のワンマンチームだったから、実質1区で抜け出したも
同然。駅伝での谷口浩美の勝負強さは、特筆もの。

632ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 09:36:47.33ID:H7TLCsmZ
>>631
宗洋和(延岡東->帝京大->西鉄)は第81回箱根駅伝7区区間11位
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/taikai/81kai/81_m.html

633ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 12:37:31.37ID:L7mAor11
宗茂の次男が早稲田に行っていたが、箱根を走ることなく終えた。
顔は父親にそっくり。

634ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 17:09:03.69ID:h8nWD3Ro
>>607
中山は消えた何々とかではなくて
選手として、瀬古より上だと思うよ
自己ベスト4つの平均とか、そういうランキングをすると瀬古より上なんだろ?
それだと高岡の方がさらに上になるが、高岡が中山より上ということはない
よって中山は最強
中山が消えているイメージがあるのはあくまで引退後のメディア露出が少ないため
メディア露出が少ない理由は知らない

635ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 17:15:10.11ID:h8nWD3Ro
消えた天才、ふざけた番組だと思っていたが
終わるのか
けっこうたくさん元長距離選手が登場したので
後味が悪い
意を決して登場した人もいただろうに

636ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 18:20:51.45ID:Ohe8A/7i
柏原竜二の時は見たが。

637ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/13(金) 21:18:57.34ID:i5Z86NTV
藤林丈司

638ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/14(土) 08:17:36.35ID:rZkq60Ec
中山は天才というより「不屈の男」

639ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/14(土) 12:36:29.23ID:AXxpAUEq
約40年前の中山21歳の時には既にフォアフットに着目し取り入れれてたのだから先見性もあった
腰が高く軽やかな走りは普段から爪先で歩くなどの不屈の努力から生まれた

640ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/14(土) 13:44:17.43ID:jbtW1FnC
中山氏の解説を無性に聞きたい。

641ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/14(土) 21:03:55.50ID:IUfQik4R
中山さんの歯に衣着せぬコメントが大好きだ。MGC終了後に期待したい。

642ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 05:24:48.20ID:EAJPoEMv
この人こそ陸連に必要ではないか

643ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 12:21:45.64ID:J2A3eyrx
自作自演のじーさん、もう出てくるなよ
瀬古や中山とは全く関係ない大昔の動画リンク貼って
ポエム書いて、かならずその後に自作自演の称賛レス
ID変えてうまくやってるつもりだろうけど、
あんたの文体や句点の打ち方特徴あるからバレバレだぞ

644ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 15:56:03.44ID:M4LGt+7m
瀬古・中山時代から進化していない気がする今日のレース

645ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 17:14:07.14ID:WZDL+Ru4
世界は遠いと実感させられた今日のレース

646ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 17:31:41.80ID:walIQ8+J
>>644
そりゃ、そうでしょ。
瀬古、宗兄弟、中山はおろか、谷口ですらもったいなく、新宅、伊藤辺りで十分に勝負になった内容だもんな。

647ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/15(日) 22:21:40.99ID:dQUcTuXm
世界が全く見えてこない今日のレースだった。

648ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 01:07:33.07ID:Ps4Q3MpD
>>646
いや、篠原太でも勝てた

649ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 03:03:48.69ID:WKee+L5q
それはない。篠原ならば2時間14分くらいだと思う。

650ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 06:57:08.03ID:sH5jQ98z
伊藤国光は「無冠の帝王」と呼ばれる姿が美しいので、上位には行けるが勝てなかったろう。

651ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 08:20:04.87ID:lNiwYz+g
九州産交の西本さん

652ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 13:10:50.63ID:/P4o6Wah
須永宏でも勝てたわ

653ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 14:18:03.63ID:lpYvqfkD
ヤクルトの近藤

654ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 16:53:22.94ID:BNGoxYqJ
辛うじて話に付いていける自分が悲しい。

655ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 20:10:32.58ID:7P8K2VKr
日産自動車の若倉和也

656ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 20:34:27.34ID:PSTuNKuE
法政大学時代は「宗兄弟の末弟」などと言われていた若倉和也。
実業団駅伝でダグラス・ワキウリを抑えて区間賞を獲得している実は凄い人

657ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 21:49:51.65ID:tn4Ttmvc
蕨高校時代のIHは高橋雅哉(本郷)に及ばず2位。眼鏡のイメージが強かったけど。

658ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 22:19:34.05ID:Mqu4zKzA
>>651
あのひとは30キロまでだから。

659ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 22:20:31.13ID:Mqu4zKzA
>>652
ヤクルトの大八木でも勝てたな

660ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 22:55:09.96ID:yw4K+H8h
この時にナイキのシューズがあれば世界新出せたよな。
中山と瀬古だけ履ければの話だが。

661ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/16(月) 23:18:25.66ID:SYr7ja2f
昨日のMGCの設楽の飛び出しは往年の中山のレースを思い出した、
しかし一番違うのは中山は最後まで一番で走り切る力があったこと。
設楽は37kmぐらいしか持たずに最後の一番苦しい5kmのスタミナがなかったこと
中村の走りは同じ三重県出身の瀬古を思い出させる後半でスパートする戦法
瀬古と野口みずきを生んだマラソン王国三重の伝統を受け継ぐ中村の走りだった。

662ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 01:17:48.54ID:nSkyJuyU
>>661
いや、設楽は28キロしかもたなかっただろ。高橋が言ってたまさにその距離。2分のリードで9キロ余計に先頭だったけど。

663ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 02:11:19.11ID:VP2j0DTj
帽子かぶっている選手ばかりで何人川口孝志郎が出場してんだよって思った 

664ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 04:19:36.54ID:E+IvDEBl
昔、ソ連にいたモセーエフも帽子がトレードマーク

665ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 06:09:25.18ID:8R6dj3XL
若倉はコント赤信号のメンバー。。

666ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 07:32:06.09ID:6R5t6IAf
1985年パリ国際陸上5000m2位瀬古利彦
https://www.youtube.com/watch?v=Rqdwqe1dsBc
>>643
黙れ若造!絶対にカモリスレにはさせんぞw

667ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 09:14:15.94ID:rF84AEBN
>>666
ラストがなかなか冴えてますね。中村監督急逝直後のヨーロッパ遠征ですが、
DNガラン(ストックホルム)で1万日本新、ローザンヌ国際1万1位と十分な成果。
このパリでも30度の中、5000を13分36秒28というのは立派です。
ここまでは順調だったんですけどね。秋にシカゴあたりを走る計画だったんでしょうけど
故障で、この年マラソンレースは出場できませんでした。
ラスト400は57秒くらいだと思います。新宅・金井・中村孝生・ワキウリとSB主力勢
総出演ですね。

668ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 11:54:58.51ID:xBjOlpXR
ナイキ創業者の自伝
https://book.toyokeizai.net/shoe-dog/
は、このスレの住人にお勧め。フィル・ナイトが無一文ながら日本を訪れ
オニツカ(アシックス)のシューズ販売契約を取ろうとする件に始まり、オニツカとの
関係悪化に伴う裁判沙汰、プレフォンテーンやショーターといったランナーへの供与と
挫折、成長の話を1980年まで描いている。

669ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 12:05:12.04ID:U7v4hbXd
ナイキのレーサー良かったなー

670ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 12:40:39.54ID:aC2/K3pr
オニツカが世界進出して有名になったのはモントリオール五輪の10000mのビレンが
ゴール後シューズを抱えてウィニングランをしてからと思っていたけど、ミュンヘンでも
既にケニス・ムーアは履いていたようですね。ナイキブランドは71年から(まだオニツカ
から独立していなかったので裁判沙汰の原因)で、ナイキの広告塔のプレフォンテーンが
ミュンヘンで履いているシューズをチェックしたらアディダスのよう。ショーターは
ミュンヘンでアディダス、モントリオール国内予選でナイキ、モントリオールではオニツカ
のようです。

671ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 13:43:50.62ID:fzvCVltn
オニツカのキタミか・・・・・・・・・・・・・・

672ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 17:38:10.74ID:k8To7Qtf
>>663 勝負所で帽子を投げ捨ててそのままズルズルと後退したロス五輪の瀬古。
あとで「鞘を投げたよう」と散々の言われようだった。

673ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 17:50:03.64ID:v6kI96RD
宇佐美も暑い時期のマラソンでは帽子をかぶっていることが多かった。反対向きにかぶって
延髄に日光を当てないとか解説していた。

674ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 18:11:26.63ID:8zQOLYN7
中山は帽子をかぶらなかった。

675ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 18:41:59.44ID:Zy5C+DD6
たぶんだけど、
中山さんは帽子が似合わなかったからでは。。。

676ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 20:03:40.47ID:7aCFlWc2
パーマだったから帽子は似合わんと思う

677ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/17(火) 20:37:06.37ID:8M7cf6Dd
瀬古さんのパンチパーマ姿をいっぺん見てみたい。

678ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/18(水) 00:35:21.28ID:sYqnxBtl
↑グラサン姿もいっぺん見たい

679ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/18(水) 00:54:32.19ID:XB8LNZCp
宗兄弟の長髪に眼鏡なんてあの時代のスポーツ選手にはあり得ないスタイル

680ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/18(水) 03:14:10.75ID:9/a2EDpU
猛は40くらいになってコンタクトにしてマラソンを
走っていた

681ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/18(水) 13:02:50.33ID:+9JiffrK
>>659
リッカーの岩瀬哲治はどうだろう?

682ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/18(水) 22:58:29.42ID:grqlNICL
>>680
好きな子ができたのかな。

683ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 06:38:17.89ID:1YdsWMRP
>>682
兄弟の差別化を図ったものと思われ

684ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 07:04:39.22ID:CvAMSbVD
1986年 アジア大会 10000m 新宅雅也 瀬古利彦
https://www.youtube.com/watch?v=SaGwJq7CUs4

685ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 07:19:27.27ID:CvAMSbVD
1986年 アジア大会 3000msc 愛敬重之 永里初
https://www.youtube.com/watch?v=5xP_fiR1tG8

686ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 07:22:40.48ID:CvAMSbVD
1986年 アジア大会 マラソン 中山竹通 谷口浩美
https://www.youtube.com/watch?v=7Y9mO4U-iB0

687ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 07:26:12.52ID:CvAMSbVD
1986年 アジア大会 5000m 新宅雅也 金井豊
https://www.youtube.com/watch?v=_TM65hpeVTY

688ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/19(木) 08:21:30.14ID:g4+Za//b
5000mで新宅&金井コンビが取りこぼしたのは結構衝撃的だったな。

689ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 00:59:40.31ID:0MWH0tKy
瀬古1万大惨敗だが、その後、数日後、神宮外苑の20kmタイム・トライアルで58分台
を出して、すぐに上向きに。アジア大会にそもそも照準を合わせていなかったのが
主原因と思われ。29分半は不出来すぎだったが。

690ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 02:11:24.02ID:ODyvX1/5
アジア大会のマラソン出場を敬遠して記録が出やすい欧米の大会に出場する選手が多くなった。
しかしアジア大会マラソン2連覇の君原健二や日本記録を4分以上更新した高橋尚子がオリンピックでメダルを獲得した。
近年はケニアから中東の産油国に帰化している出場選手も多く長距離のレベルが高くなった。
暑さに強い選手はオリンピックでも期待できると思う。

691ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 07:26:00.85ID:CAkls3DE
御意

692ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 09:19:19.36ID:PItHaKd7
86年のアジア大会は日本勢と他国との力量差がケタ違いだった。
韓国もこの時点では、全くのマラソン後進国。数年後の大躍進が信じられないが、
現在はまた鳴りを潜めているような気がする。

693ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 15:56:03.96ID:S3KQ7j2c
瀬古&中山時代は世界選手権が軽く見られていた節がある。

694ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 19:53:49.52ID:CCfuIXOz
IAAF世界選手権は1983年の第1回ヘルシンキ大会以前にも1976年と1980年に一部の種目に限って行われた。
モスクワオリンピックの西側諸国ボイコットにより政治に影響されない真の世界大会を開催しようという機運が高まった。
日本陸連幹部は世界のトップクラスのアスリートは参加しないだろうと思っていたらしい。
競技が始まるとカールルイス、セルゲイ・ブブカ、エドウィン・モーゼスらの活躍で大いに盛り上がった大会になった。
それに対して日本選手はトラック、フィールドともメダルどころか入賞者ゼロという惨憺たる成績だった。
マラソンも男子はロバート・ド・キャステラ、女子はグレテ・ワイツの優勝候補が圧倒的強さを発揮した。
瀬古は中村監督と一緒にテレビ朝日にゲスト出演して男子マラソンを見ながら感想を話していた。
当然のように視聴者から瀬古はどうして出場しないのだという批判が殺到した。

695ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 20:00:55.81ID:CCfuIXOz
1983年世界陸上競技選手権ヘルシンキ大会男子マラソン順位表
https://www.iaaf.org/competitions/iaaf-world-championships/1st-iaaf-world-championships-in-athletics-3/results/men/marathon/final/result

696ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 20:02:08.53ID:SJwZqyoH
まあ、マラソンは1年に何回もピークを迎えるのが難しいし・・・・・・・・
福岡で一発代表選考の機運があったし・・・・・・・・・
加えてこの年の夏、瀬古利彦は肝機能障害になった筈だし・・・・・・・

697ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 20:06:42.65ID:SJwZqyoH
>>695
ロブレ・ジャマ47位。この時点では凡人。

698ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/20(金) 20:14:12.67ID:VIq9q0H5
そう言えば
https://m.youtube.com/watch?v=-oFya8DtVOE
とかを見ると、85年のワールドカップではアーメド選手と連呼。フルネームの際も
サラ・アーメドだったのに、いつのまにか呼称が逆転した。

699ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 00:23:34.50ID:tL2Kqbp+
ロブレ・ジャマは、ジャマ・ロブレと書かれていたし。
例えて言えば「イカンガー・ジュマ」と呼ばれていたようなもの。

700ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 08:30:49.06ID:B7a5na4X
IAAF主催の第1回世界選手権の開催後も日本は福岡が世界で最も権威のあるマラソン大会だと思っていた。
日本陸連上層部の情報収集の鈍さは今も昔も変わりはない。

701ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 09:04:45.10ID:uVVd8COK
>>700
そりゃ、ベルリンとかでペースメーカー入れて世界記録連発するまでは、
トップクラスが挙って出場してたし。

702ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 09:44:01.44ID:EUsDzERv
ただ「世界の3大マラソン」と言われた時代も確かにあった。
あとの二つはボストンとニューヨーク。

703ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 09:53:23.53ID:CmADI0kx
>>702
NYCなんかなかった時代にボストンもカスマラソン(日本人が出れば上位独占)だった
時代はウィンザーとコシチと福岡で3大マラソン。中でもIAAFが世界選手権代りに
テコ入れした福岡の格は抜きん出て、アメリカではオリンピックより評価が高かった
時代もあった。

704ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 10:35:00.82ID:CmADI0kx
多分、福岡の格が抜きん出ていたのは1966年〜73年迄なんだろう。この間はIAAFが
世界選手権代わりと認定していたし、「国際マラソン選手権」という名称からも、
それが唯一無二という扱いだった。Track & Field Newsの扱いも福岡より記録が良く
ても福岡を最優先して扱っていたが、福岡の名称がついた74年から徐々に格が落ちて
いったように思う。それでも瀬古が3連覇した頃までは未だ世界で無二(ボストンや
NYCより格上というのはロジャース等のインタビューを見れば分かる)だったのだが、
81年以降日本がバカみたいにマラソンを粗造乱造して、一方で瀬古が優勝したボストン
が世界一のマラソンなんて頓珍漢な報道をしたので、一挙に福岡の扱いが軽くなって
世界から軽んじられるようになった。

705ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 11:19:09.12ID:EUsDzERv
83年福岡や87年福岡で盛り上がったが、五輪選考が絡んでいたから、という
見方は出来るかも。瀬古・中山のインパクトで救われていた。

706ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 11:27:12.23ID:CmADI0kx
>>705
そうですね。82年は明らかにショボかったし、84年〜86年も盛り上がりに欠けて世界
トップのマラソンという感じは既にありませんでした。瀬古不在の81年に既にその兆候
はあったのですが、ド・キャステラの世界歴代2位(実際には世界新)で救われた面が
ありました。

707ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 13:51:37.91ID:2GE98mF+
84年は中山が第一線に躍り出たレース。85年は新宅と谷口の本格台頭。
82年と86年が不作で、もう86年頃は、世界の主流は賞金レースの雰囲気が漂っていた。

708ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 16:44:59.36ID:3zgM0bSe
あの頃は本当に情報が少なかった。というよりほとんどなかった。
海外のマラソン選手なんて、ホント、記録でしかわからなかったな。
いまのように海外レースがLIVEで観れる環境など夢の世界。
当時拝めなかった1980年〜1990年の海外レースを
いまになって観れるってのがなんとも不思議だね。

709ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 17:27:28.71ID:U8lfCe0u
一時期テレビ東京が積極的に海外レースを中継してくれた。谷口浩美が優勝したロンドンや、ロッテルダム
は、リアルタイムで見ている。

710ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 17:44:44.54ID:CmADI0kx
>>709 谷口さん、優勝の後のインタビューで、大声で奥様の名前を呼び掛けて感謝
していたけど、離婚しちゃって諸行無常。最近ケニアのリフトバレーに行って最強
ランナーの秘密を探れというドキュメントの再放送
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3599/2325768/index.html
をやっていたけど、そのすぐ後に東京電力の監督も辞めちまうし。

711ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 19:05:34.51ID:mCZV8N+6
谷口浩美の次男はインターハイ出場後、明治大学に進学するも箱根駅伝出場なし。
父親は再婚後、55歳で子供が出来たらしい。

712ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 20:17:51.35ID:EWwQ7AA6
旧国立競技場のメインポールに日の丸が上がり君が代が流れたのは後にも先にもこの時しかない
https://www.youtube.com/watch?v=-_mH7QnJFNg

713ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 20:30:19.04ID:EWwQ7AA6
>>712
と思ったら1967年ユニバーシアード5000m10000m澤木啓祐がいたかw

714ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 20:35:26.00ID:CmADI0kx
阿部直紀(走り幅跳び)も優勝してまっせ。

715ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 21:02:25.10ID:EWwQ7AA6
サラ「トウキョウはアフリカより暑い」

716ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 21:22:06.61ID:iNSKKoD/
91東京世界陸上は燃えた!

717ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/21(土) 22:31:18.82ID:3zgM0bSe
賞金化が進んでロッテルダムに一流どころを持っていかれていたボストンだったが
大手生命保険会社をスポンサーにつけて1987年は世界選手権よりも豪華メンバー。
この中継をテレ東がLIVEでやることになり眠たい目をこすり頑張って起きていたが、
まさかの濃霧でヘリが飛ばず中継が不可。
5キロ毎の定点カメラを通り過ぎるシーン以外は東京のスタジオから困惑した様子の
喜多秀喜と実況がなんとか現地のようすを必死に伝えようとする。
このまま終わるのかと思いきや、急に映像が切り替わりいつの間にか瀬古が独走。
よくわからないまま瀬古優勝で怒りも収まり「まあいいか」。
その日の授業は爆睡で壊滅状況だったな。

718ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 00:11:50.36ID:CyEVHFrk
アレ、そのレース、喜多秀喜も走ってましたよ。
確か9位。

719ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 00:30:18.12ID:jVv+gSSy
1987年ボストンマラソンの動画
https://m.youtube.com/watch?v=vYltefXSIHU
と結果
https://more.arrs.run/race/10861

720ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 04:52:12.03ID:S/pQNVv2
ジョン・トレーシー2度目のマラソンは不発

721ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 05:34:53.42ID:Md82NBjQ
1987年世界陸上競技選手権ローマ大会男子マラソン順位表
https://www.iaaf.org/competitions/iaaf-world-championships/2nd-iaaf-world-championships-in-athletics-4/results/men/marathon/final/result
誰が世界的に無名だったワキウリの金メダルを予想しただろうか?
ゴール直後「(亡くなった)中村先生のおかげです」と日本語でインタビューに答えていたことを思い出す。
瀬古と一緒に練習していたワキウリが優勝して嬉しかった半面、今大会も日本のトップクラスの選手が出場しなかったので複雑な気持ちだった。

722ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 09:05:11.19ID:oh7YNEDr
インタビュアーの小林俊一氏が「お前、どこで勝った
と思った?」

723ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 10:19:12.44ID:gdMeO8z1
>>720
トレーシーって、ロス五輪の銀メダルですよね。
たしか、そのときが初マラソンと知ってビックリ。
なんで五輪本番で初レースができるのかてのと
あの瀬古や宗兄弟が初マラソンに負けるのが
信じられんかったなあ。

724ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 12:59:15.39ID:qJFD7h3y
80年のモスクワ五輪の時も出場はしていないが実はエントリーしていたトレーシー

725ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 13:39:15.52ID:jVv+gSSy
新宅、中山、イカンガー(1986スポニチ)
https://www.youtube.com/watch?v=eBuiWy78zJc

726ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 19:19:56.65ID:V3V2Izhd
新宅の超絶ラストスパート。負けじと追走した中山も凄い。
兵庫リレーカーニバルでイカンガーにラスト勝負で敗れている中山は、一応ここで雪辱。

727ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 20:25:48.65ID:elm5CXi6
中山がヴェイパーフライを履いて走っていたらどんなタイムが出ただろうか

728ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/22(日) 22:33:16.85ID:fQktms+p
2018東京の条件だったら5分台
2019東京の寒さでも7分台

729ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 00:03:37.64ID:bNAw3wvp
「中山は5分台の力はあったね」と宗茂氏もコメントしている。

730ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 11:59:56.16ID:Px2TUKXa
87福岡で条件が良ければなあ・・・・・・・・・・・・・・・・・

731ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 12:08:07.00ID:wpEwUyUC
あの福岡で雨が降らずペース配分が理想的だったら6分台だったろうね。

732ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 12:54:04.69ID:1XwJ1wuG
>>728
あの頃の「北京」なら5分台

733ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 13:51:13.48ID:hmiURDmH
北京は怪しかった

734ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 18:40:24.40ID:zIyrvug8
一応公認

735ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 19:35:36.84ID:vfloflKe
自己ベスト記録が北京国際マラソンの選手
児玉泰介 2:07:35 1986年
伊藤国光 2:07:57 1986年
メコネン 2:07:35 1988年
谷口浩美 2:07:40 1988年

736ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/23(月) 19:55:08.85ID:SOfkkwXG
>>727
2時間01分台は出しているだろね
現代の最新のトレーニング体系も合わせれば。
そのぐらい中山のポテンシャルは凄かった。
逆にいまの選手が当時の中山と同じ練習をやったら
たちまち故障で壊れているだろね。
あの時代をピークに食生活の影響で
日本人全体の身体の強度が劣化している。
だから最近のスポーツ選手は野球の大谷や佐々木のように
凄い球は投げれるけど故障も起きやすくなっている。
自動車でいったら強力なエンジンは搭載しているが
フレームが貧弱という事故が起きたら終わりという
そんな感じ。

737ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/24(火) 02:33:04.92ID:ntQS+pSI
さすがに1分台までは、どうかな?

738ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/24(火) 12:21:43.38ID:zg7payxv
1万26分台。ハーフは58分台で行けるか……

739ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/24(火) 16:28:21.02ID:lfGUpbb5
さすがに4分台とかでしょう

740ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/24(火) 19:37:44.97ID:xfQlxD7X
話が飛躍しすぎるから
じいさんの戯言にされるんだよバカ

741ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 01:32:44.99ID:iHVXz0yS
プロ野球で40勝した爺さんみたいなこと言ってんな

742ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 02:27:52.70ID:Wa6b6x17
かも。

743ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 02:46:09.17ID:LAQ0Egzm
ゲスト 長嶋茂雄
https://www.youtube.com/watch?v=z0gPQg3AyNY&t=84s

744ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 11:15:53.50ID:e3S5cbo8
>>721
日本人でも、えっ、という感じだった。初マラソンはともかく2月の別大でいいところなく
後退し7位(2:13:34)。優勝した西村義弘、2位の西正幸とはだいぶ差がある印象だった。
もっと驚いたのはソウル五輪。というのも88年2月の東京マラソンでは8分台で優勝争いを
したメコネン、イカンガー、ペーター、ド・キャステラといったお馴染みの面々から大きく
遅れてトップと3分24秒差で7位。やはり世界選手権は目ぼしい相手がいない中のまぐれ
かと思ったらソウルでは2位。散々、瀬古をこき下ろして、日本を離れてから暫く無双状態
になり、89年から90年にかけてロンドン、英連邦、NYCと大きなマラソンを3連勝して世界
トップに君臨した。

745ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 12:58:05.88ID:cD4oMIjb
日本の去り際の心証が悪いね、ワキちゃんは。

746ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 15:40:08.60ID:MVy+tcnv
>>745
要するに血液ドーピングをやっただけなんだけどね。

747ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 20:46:19.65ID:uaOpPDmF
91年から急激に失速して以降は鳴かず飛ばずだった印象がある。

748ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 20:46:41.83ID:8ooUZqVl
>>746
マジですか。もっと詳しく。

749ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/25(水) 22:25:18.42ID:QhMgJyuv
中村監督亡き後、ワキウリの実質的なコーチは村尾慎悦マネージャーだった。
村尾が指揮を執っていればヱスビー陸上部の凋落を防げたと思う。

750ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 00:34:33.32ID:+gVo5zrB
90年の常呂での痛ましい事故でSBは駅伝どころではなくなってしまった。

751ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 06:44:57.93ID:f/rkHxbj
停滞期が3羽烏入社あたりまで続いた。

752ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 14:05:05.31ID:C3BJs3Pi
瀬古氏に中村監督のような求心性がなかったのかな。

753ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 15:41:45.66ID:I9omskRk
>>749
ドーピング問題で地に落ちたと思うよ

754ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 15:58:04.74ID:epm8AyjL
ワキウリ、何で急に失速したのか未だに分からない。

755ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 20:20:46.34ID:3AHBq9pX

756ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/26(木) 21:59:18.22ID:Zz0/uxFZ
>>752
選手の前で雑草を口にするくらいの変人だからね。

757ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 02:33:07.75ID:neVduEGY
何故かSBに入社しても去ってしまう人が瀬古体制下では結構あった。

758ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 13:48:51.74ID:fE1zesz/
うーむ。

759ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 19:36:11.48ID:chQVd9vh
>>756
雑草ならまだしも砂を食べて世界一になった選手はいるのか?

760ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 21:18:22.51ID:PQ5wwnZG
ケニアにはけっこういそうだよね。
世界一まではなってないと信じたいけど。

761ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 23:34:58.49ID:XbnIe0xo
中村清が中山竹通を指導していたら、どうなっていたことだろう・・・・・・・・・

762ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/27(金) 23:40:05.01ID:5oSqpP6P
>>761
1日で喧嘩別れ。

763ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/28(土) 06:09:48.67ID:H6/oFSDx
一匹狼の雰囲気が似合う中山

764ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/28(土) 12:46:53.01ID:De3GwUA5
多分中山と喧嘩別れしたら、中村清が散々コキ下ろす
だろうが、出世してから想像もつかない文体の逆襲を
中山に食らうだろう。

765ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 12:42:31.77ID:Hysp45VB
>>744
でも世界選手権のメダリストがそのままソウル五輪のメダリストだったんだよね。
ボルディン(世界選手権3位、五輪金)
ワキウリ(世界選手権1位、五輪銀)
サラー(世界選手権2位、五輪銅)

766ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 14:19:38.31ID:EeH+962K
>>765
このことは東京オリンピックの優勝予想をするうえでも重要な意味を持つと思う。
ドーハ世界陸上のマラソンにも注目したい。
オリンピックのマラソンは記録よりも勝負強い選手が勝つ。

767ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 16:51:18.23ID:BilDVRGo
御意

768ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 18:35:45.17ID:2ZMvcqp3
>>765
単に血液ドーピング勢が強かったねって話じゃないか。

ソウルはベンジョンソン、ジョイナー筆頭にドーピング祭りだったからなぁ。

769ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 19:51:26.06ID:qNK5k3dl
1990年ボストンマラソン優勝のジェリンド・ボルディン
オリンピックマラソン金メダリストの優勝は史上初で2:08:19は生涯自己ベスト記録
イカンガ―が2位だった
https://www.youtube.com/watch?v=8GLI20aCZ-I

770ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 20:10:02.30ID:qNK5k3dl
1989年ニューヨークシティマラソン
優勝ジュマ・イカンガー2:08:01大会新記録 ボルディンは3位
https://www.youtube.com/watch?v=SO06xAlrl8E

771ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 20:29:10.69ID:qNK5k3dl
1990年英連邦大会マラソン優勝ダグラス・ワキウリ
https://www.youtube.com/watch?v=KyoxuHow41o

772ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 20:46:50.82ID:qNK5k3dl
誰が何を言っても1987年世界選手権は時代の分岐点だったと確信している。

773ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/29(日) 20:51:34.68ID:VIcS3FN9
わかったから寝ろよジイさん

774ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 02:41:06.83ID:cqW/ms/2
モネゲッティはワキウリが天敵だった。
しかしそれも90年まで。91年からワキウリが凋落。対照的にモネゲッティは00年の
シドニー五輪まで息の長い活躍。彼以後、オーストラリアにマラソン強豪が出現して
いないのは、いささか淋しい。

775ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 03:58:08.34ID:7D2Opi3N
70年代〜80年代のヨーロッパ選手は血液ドーピングに汚染されていた。
ポルトガル、イタリア、フィンランドが今から思うと不思議なほど強かったね。
ケニア勢もその技術を流用していた。

776ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 06:10:25.48ID:wV6PY7DC
血液ドーピングというのは、いったん抜いた血を数日して元に戻すとかいう
やり方なのかな?
ドーピング検査でシロだったから、どうやって痕跡を消したんだろうか・・・・・・・・

777ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 09:51:12.33ID:hfR3sIvm
>>776
自分の血液を入れるだけだからめったなことでは検出されない。その検出には
定期的に競技者の血液検査を実施し、その中で禁止物質使用による生物学的指標
(マーカー)の変化を観察する必要があるけど、90年代半ばまでそんなことは
やっていなかったので、やりたい放題だったよ。

778ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 10:55:35.88ID:4Gra44LD
瀬古中山の頃はアフリカンさっぱりだったからな

779ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 17:11:43.01ID:yJIbG0ss
いや、イカンガーという共通の強敵がいた。
あとアーメド・サラも。

780ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 17:15:25.68ID:rQvfLHZ1
メコネンさん

781ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 18:05:12.52ID:7D2Opi3N
イカンガーは瀬古にとって敵ではない

782ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 18:43:26.32ID:lBjMlsnK
>>772
>>443
で説明があるようにダグラス・ワキウリとイブラヒム・フセインの影響は大きく、彼等
以前と以後では別の競技になっている。彼等の登場以前にケニア人マラソンランナーは
ほぼ居なかったが、今や100傑の70%はケニア人。以前は儲けにならず数もこなせない
マラソンが商売にならず忌避していたが、彼等が商売としてトラックより有効である事を
示したお陰で後進が大量に参入するようになった。その時点でゲームは終わったと言える。

783ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 21:37:23.69ID:yJIbG0ss
なるほど。

784ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 22:04:35.87ID:Hac3nz0A
そういえばいたなあ。
オーストラリアのスパゲッティ。
世界選手権でも銅メダルとってたな。

785ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 22:13:01.91ID:7D2Opi3N
>>782
その2人はトラックで使えない奴でも血液ドーピングで勝てるということを示しただけだろ?

そいつらの後ケニア勢が本格的に出てくるまではさらに時差があるよ。

786ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 23:43:36.30ID:lBjMlsnK
>>785
彼等が血液ドーピングをしていた証拠を示して欲しい。仮にやっていたとしても、それは
些細な問題で、君の言うようにトラックで通用しないレベルでもマラソンでは通用して
お金を稼げる事を示した事が大事。ケニア人のドーピング率は高いので、彼等が黒であるか
白であるかには頓着しないだろう。ケニア人が席巻するのにタイムラグがあるのは当然で、
こういうのは徐々に広まって、ある閾値を超えると猫も杓子もとなる。杓子でも日本人トップ
より遥かに速く走れるからね。

787ゼッケン774さん@ラストコール2019/09/30(月) 23:55:39.63ID:WrKXjREs
>>786
必死の長文キモい

じいさんはブログても作ってそこで好きなだけ持論を書いてろよ!

788ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 00:05:40.96ID:8GE0NmFh
血液ドーピングというのは心臓に負担がかからないのかな?

789ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 00:10:05.31ID:FfHZ/5P+
>>788
限度を超えれば危ないだろうけど、そこまではやらないし
それにいつまでもやるわけではないので止めれば大丈夫

このあたりは自転車競技の方が進んでいる

790ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 01:50:48.44ID:toyzLVxZ
>>775
イタリアはその後もステファノ・バルディーニがアテネ五輪で金メダルを獲得している。
2時間7分台を4回記録するなどオリンピックだけの一発屋ではなかった。

791ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 02:21:12.77ID:toyzLVxZ
ワキウリもワイナイナもワンジルもケニヤッタ小林(小林俊一)が日本に連れてきた
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/2655

792ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 02:46:45.90ID:DXFWcg6o
>>787
こんな短い文を長文て、目が悪いのか?必死過ぎでキモ。

793ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 03:01:25.34ID:FfHZ/5P+
>>792
いいからお前の持論はブログに書いていなよ。

どうせ、wikiとyoutubeでしか情報知らないガキなんでしょ?
イチイチコで短いチンコしごいてればいいよ。

794ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 03:03:09.56ID:FfHZ/5P+
>>790
マルコ・パンターニをほうふつとさせる選手でしたよね。
特に他意は無いけどw

795ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 07:40:15.77ID:2XECJkhh
サムエル・ワンジルの早世は本当に惜しまれる。
ただ、彼は早くに金メダリストになったことにより何か勘違いしてしまったような気がする。
最後は殺されてしまったのではないか?
2時間02分台で走れるのでは、と楽しみにしていたのだが。

796ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 21:41:38.19ID:yM0jACzz
アトランタ五輪銅シドニー五輪銀メダルのワイナイナは日本の女性を15股していた鬼畜
https://twitter.com/ironman4154/status/832471620082028544
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

797ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/01(火) 22:22:57.44ID:NIj1WbvG
「ワイさん」の愛称で親しまれた男

798ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 07:05:03.92ID:y+4DcWlK
戦国時代なら普通にそのくらいやっていそうな気がする。

799ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 13:52:28.54ID:qhs2NiM/
真也加ステファンは今や日本国籍

800ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 15:40:12.23ID:9xm8OW7F
>>791
もしかして、その小林ってひと、
ワキウリが世界選手権で金メダル獲ってインタビューのとき
「よかったな〜、オマエ!」て言ってたひとですか?
アフリカ出身のワキウリが敬語で話しているのに
日本人らしきひとが“オマエ口調”だったんで
なんだこりゃあ?と思ったのですが。

801ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 17:12:10.93ID:+OEvl4b9
正しくは「お前、どこで勝ったと思った?」と聞いたんですよ

802ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 21:31:14.72ID:RFXN2iyn
「アンタの顔見た時だよ」とコメントしなかったワキウリは紳士だった( ̄▽ ̄)

803ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/02(水) 23:19:03.21ID:A1CoKqR3
>>799
マヤカと盛山の子供は走らないのかなぁ?

804ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/03(木) 00:30:42.93ID:Vtsxw558
桜美林大学に行くのかな?

805ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/04(金) 01:38:10.15ID:FEXIAeIH
そういうこっちゃ。

806ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/04(金) 11:01:52.37ID:pFJLqmhV
アーメド・サラは息の長い活躍をした。瀬古・中山共通の強敵として記憶している。

807ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 12:04:03.00ID:b24FEL9e
瀬古リーダーは自画自賛 レジェンド中山竹通がМGCを一刀両断
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191005-00000008-nkgendai-spo

中山節いまだ健在w

808ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 12:31:54.66ID:ebAJwHQP
そういえばロドルフォ・ゴメスという名脇役もいたなあ。
いつも「自分がいちばん強い」とか言ってるわりに
瀬古にもサラザールにも勝てなかった。
しかも、いつも見苦しい言い訳ばかり。

809ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 13:01:01.19ID:WOZlVC30
ゴメスは所詮脇役。まあ、強いけど。

>>807
ワシもさっき読みましたど。さすが中山と言うか、みんなに迎合しないというか、
視点が一味違う。この人にもっともっと喋らせて欲しい。

810ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 15:33:55.44ID:ReqBpnVy
>>809
MGCの結果見る限り、男子は到底世界に通用しない
それなのにあたかも成功であるかのような扱いはおかしい

もっと中山は文句言うべきだしそれを取り上げるべきだよ。

811ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 16:48:11.71ID:8A6L8YkI
組織に迎合しない中山ってサラリーマンの憧れだよな
ほとんどのサラリーマンは瀬古のようになるように強いられているから 
でもほとんどのサラリーマンは瀬古になれずに終わっちゃうけど

812ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 16:56:51.50ID:O6zxua1J
瀬古はんも人間としては面白いけど、中山はんは、年齢を重ねても発言がブレない
ところが素晴らしい。今年の暮れで還暦になる人だけど、発言が「みずみずしい」
雰囲気で、現在のマラソン界を恐ろしく熟知している人だなと感じる。
中山氏をマラソン中継で解説役に起用するべきだ。最盛期を知らない世代からも
面白がられるのではないか。
これほどの人を埋もれさせてはいけない。

813ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/05(土) 16:58:17.29ID:O6zxua1J
中山竹通は『マラソン界の落合博満』という感じがする。

814ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 08:32:59.05ID:7NQuEVC1
「名実ともに先進国になったと思えばいいんですよ」

815ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 12:39:14.68ID:hxsK9Kx/
>>813
いや、張本だな。

816ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 12:50:17.69ID:O04N4xiV
>>812
中山さんの歯に衣着せぬ辛口発言は大好きだけどテレビでやったら
まずいでしょうw

817ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 13:51:39.56ID:WaPAawVv
テレビでやるから、いいんですよ。

818ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 17:44:52.12ID:FVTd2N83
MGC成功!って、瀬古を持ち上げてるし、来年の東京まで選考の楽しみが残ってるのに、水をさすような中山のテレビ出演はあり得ない

819ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/06(日) 18:29:05.38ID:71weWQXF
中山発言は目薬を差す程度の感覚で悪意はない。

820ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/07(月) 02:35:30.02ID:6bwkWQOs
中山は永久に陸連の要職に就くことはない。それでいい。

821ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/08(火) 03:15:15.66ID:awEPlduc
78年から92年までが最高の時代

822ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/10(木) 11:38:08.55ID:I44fZ2Ws
藤林丈司

823ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/10(木) 21:34:40.44ID:yDXJByb0
中山が大学に行っていたら

824ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 02:13:45.97ID:M56nHnbB
>>823
中山の素質から見て箱根駅伝に出場できるレベルの大学なら2区を走っていたと思う。
ただどこの監督とでも衝突は必至で退部していた可能性も否定できない。
日体大はエースの大塚正美が週刊誌で岡野監督を批判したほどだから…

825ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 07:28:45.44ID:DD09Mv0w
中村監督と対立する中山を見たかった気もする

826ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 09:42:21.96ID:VIfcGrzb
>>824
だとすると中山さんは現役の時指導者なし自分でメニューとか決めて
練習してたってこと?

827ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 13:59:27.31ID:Gc0HR11h
一番影響を受けた人は無名時代の長野からダイエーに送り出してくれた人かもり。

828ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 20:56:35.20ID:G4fvY5bZ
>>827
検索してみると牧野義夫さんという人だとわかりました。
http://www.shinanosports.or.jp/makino.html

829ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/11(金) 21:43:50.42ID:wtFbXvx3
青東駅伝代表までなったんですから立派ですね。
中山は牧野さんへの恩義は決して忘れていないでしょう。

830ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/12(土) 01:04:18.70ID:LhbKzjc4
青東駅伝は是非復活させて欲しい

831ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/12(土) 05:02:28.94ID:TNxudXmL
長野県の駅伝が強いのは牧野さんのように立派な方が指導していたからだと思いました。

832ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/12(土) 08:04:01.99ID:4ljNekuL
青東駅伝は宿は、まさに呉越同舟。色々、情報交換したり、友好的雰囲気のようだ。

833ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/13(日) 11:02:18.62ID:DIY//Ijd
1986年全日本実業団駅伝SB食品3連覇
https://www.youtube.com/watch?v=BM0b6WB7Tk4

834ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/13(日) 12:03:40.67ID:/YY36Z0S
>>833
この年だけ滋賀県での開催。その次の大会から元日開催に移行(88年1月1日)。
場所も群馬県に。現在に至る。
ハイライトは2区。金井豊が谷口浩美を逆転。10.6kmの距離ではさすがの谷口も
なす術もなかったか。本命が全く死角なく、3連覇を順当に達成した大会。

835ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/13(日) 14:54:48.43ID:DIY//Ijd
全盛期のSB食品と互角の戦いをした日産自動車チーム
https://www.youtube.com/watch?v=6rkxTGsym10&t=98s

836ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/13(日) 20:33:01.95ID:ijAWRipZ
W加藤に若倉に工藤一良に……リッカーから移籍した選手も結構いたような。

837ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/13(日) 21:34:49.99ID:CYY8D0ns
>>836
成田道彦もリッカーからの移籍組
法大4年の時に2区で本命の瀬古を抑えて区間賞を獲得
84年の全日本実業団駅伝では最長6区で瀬古に次いで区間2位
http://www13.plala.or.jp/jwmiurat/furoku/jitugyou/j29/j29.html

838ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 08:07:44.10ID:CduVk3Fy
飄々とした人でしたけど強かったですな。成田道彦。
箱根駅伝で徳本の前に立ちはだかりストップを掛けた人としても知られる。

839ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 15:33:10.81ID:UqRzGl03
>>837
凄いですな。爽快ですな。懐かしいですな。

840ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 15:43:27.20ID:UqRzGl03
こりゃほかの年も存分に楽しめますな。例えば昭和49年。阪本峰照が23.2km
1時間28分台とか地味に凄いですぞ。

841ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 20:12:33.28ID:xF/qbk7c
23kmを1時間28分台とは市民ランナー並みだな。

842ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 20:19:14.71ID:iixw1djy
ワシでも若い頃なら鼻をほじりながらでもそのくらいのタイムは楽勝で行けた。
よっぽど体調が悪かったのだろう。

843ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/14(月) 20:59:13.00ID:h7a6KT7k
ダイエーは中山が所属していた時代は一度も実業団駅伝に出場していない。
94年に日産自動車陸上部を吸収合併してから98年廃部まで5年連続出場している。
もし80年代に合併していたら仙内や小指もいたからSBと優勝を争っていたと思う。
何よりも瀬古中山のエース対決が見たかった。

844ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/15(火) 01:11:45.71ID:worMvHEi
専大北上から行った高校チャンピオンの熊谷勝仁は、どうなったんだろう・・・・・・・・

845ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/15(火) 01:29:07.58ID:XdbubwMf
>>837
鎌田が75年にその瀬古のタイムとほぼ変わらないタイムで走ってるのが凄いな

846ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/15(火) 04:43:01.94ID:XRoW0PoR
鐘紡陸上競技部の歴史
当時は全日本実業団駅伝・朝日駅伝・中国駅伝の三大駅伝で大活躍していた
https://www.kanebo-cosmetics.co.jp/track-field/history.html

847ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/15(火) 07:00:03.76ID:XRoW0PoR
福岡国際マラソンの2週間後に実業団駅伝に出場するのは今から考えると厳しい日程と言えるだろう。
早大の中村監督は駅伝に出場しないチームという条件で瀬古の就職先を選んでいた。

848ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/15(火) 07:44:40.10ID:m4ELxSub
4年間は駅伝のない世界でマラソンなどに専念出来た。中村学校の理想郷。

849ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/16(水) 15:33:12.42ID:M2yLhx8K
カネボウの活躍も眩しい。

850ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/16(水) 19:41:35.87ID:I8qYdzKX
>>845
鎌田さんはタイムだけでなく
他のものも出しちゃったしね。
現役引退後のことだけど。

851ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/17(木) 00:27:07.92ID:iimPT/DN
ん( -_・)?

852ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/17(木) 00:45:57.29ID:qRP7qH/m
公然わいせつ罪で逮捕されたんだよな。
女子中学生に自分の一物を露出して。

853ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/17(木) 01:01:02.42ID:5YVAM5sQ
伊藤国光にはめられたんでしょ?

854ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/17(木) 06:53:51.71ID:qwZW/g74
あのヒゲのいかつい顔でやっちゃったのか。人はわからんもんだ・・・・・・・・・・・

855ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/17(木) 08:57:41.36ID:pFWBsISZ
私の父親はヒゲの鎌田と武富豊を混同していた。

856ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 07:07:27.75ID:UNT8M4a/
東京五輪のマラソン開催地が札幌に変更させられ3年に及ぶ酷暑対策も徒労に終わったな。
これなら84年のロス五輪マラソンもアラスカで開催すれば瀬古が金メダルをだったろう。

857ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 08:01:24.00ID:T3RMCyXU
札幌が「日程的に札幌では無理です」といえばいいんだよ、東京のコース沿道を大観衆が埋め、競技場で嵐の歓声の中を例えラストの選手でも興奮の坩堝のなかで堂々とフィニッシュテープを切る、東京でしか出来ないんだよ、

858ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 08:15:27.89ID:z5/5pYyA
アイディアはいいけど、問題なのは「何でいまさら」なんだな。
これが4・5年前なら歓迎する人が多いと思うけど、ここまで来て変更もないだろう。
いかにも遅すぎる。

859ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 09:08:23.19ID:z5/5pYyA
別板では「いっそのこと別海でやったらどうか」という意見があった。
あそこは夏と冬にそれぞれ1回、計2回訪れたが、夏に行った時はとてもさわやかな
気候だったのを覚えている。
但し、好条件でレースをやると日本勢は入賞は遠のくだろう。悪条件下でやるからこそ
イレギュラーが発生して日本勢が上位に行く確率が出てくるのだ(残念ながらメダルは
期待していない)。競歩は大チャンス。

860ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 12:06:59.28ID:ru2ixZEk
>>858 別に遅すぎないと思うけど。勿論、あと1年前だったらMGCも札幌で出来て、
より良かったけど、まあ些細な事。組織委員会が無能だから強権発動せざるを得なかった
訳だろう。10か月もあるのだから無問題。

861ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 12:32:39.41ID:Hd9qYjsX
北海道は湿度が高くないから不快感がない。たとえ30度近くに達しても選手の安全という
点では、東京よりもいいのは確か。

862ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 12:43:29.79ID:NAvx9vqf
今回に限って世界陸上の開催が1ヶ月遅かったことがこんな形で影響するとは思わなかった。

863ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 16:27:51.93ID:8PaxGIjK
世界陸上の開催場所がまずかったのだろう。。。。。

864ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/18(金) 20:59:54.24ID:FMyXROow
まさにドーハの悲劇再びだな。

865ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 01:01:12.70ID:WLu7CStW
昭和39年の時のように10月開催で良かったのでは。

866ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 03:48:15.35ID:kGC/ANQR
森下に全く勝てなかった中山が最強とは

867ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 06:31:49.89ID:YfdpXNq2
中山黄金時代に森下は台頭していない

868ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 08:26:02.08ID:cvg7r2B+
マラソンは五輪の華、最終日に国立競技場でフィニッシュするから、それを見たい人が
大勢(テレビ含め)いると思うんだが、札幌ドーム発着の何が楽しいんだかさっぱりわからん

869ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 09:40:09.07ID:1ZrWiBKB
別に楽しさを求めて五輪マラソンを開催するわけじゃないし。
死人や途中棄権者続出でも視聴者や観客が楽しめればいいというなら別だが。

870ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 09:41:43.50ID:1ZrWiBKB
真夏のマラソンなんてタイムも期待出来ない凡レースになるし、観ててもつまらないけどな。

871ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 09:44:16.23ID:1ZrWiBKB
コース変更してより良い条件でやろうとするのは間違っていない。
ただ、時期が遅いのと東京都を無視して頭ごなしにIOCが決めたプロセスには問題あると思うけど。

872ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 09:51:20.77ID:fwCp5gCL
1961年毎日マラソンは気温26度湿度77%という環境で行わていた。
ローマ五輪金メダルのアベベは2位以下に10分以上の大差をつけ2時間29分27秒で優勝した。
出場選手47人のうち完走18人だった。
http://www.lakebiwa-marathon.com/history.cgi?016

873ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 12:01:50.42ID:9wCP7rW4
完走者18人というのも凄い。半分以上が棄権。マラソン・競歩だけ開催時期をずらす(秋に
もってくる)というのは、やはりダメなのか。

874ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 13:45:29.88ID:lm+oc8mt
寺沢徹8位

875ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 14:15:25.30ID:UwmG+QK7
>>871
自称AIがトップではまともな話は出来ない。交渉の余地がない程、日本が劣化していると
いう事。IOCからしたら、嘘ばっかりで誘致して実行能力もゼロなのにどうしてくれようと
言ったところだろう。

876ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 20:24:05.94ID:L10tmYwx
釧路でマラソン・競歩実施はマズイかなぁ(ーー;)

877ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/19(土) 20:31:19.16ID:3HkenGwT
1999年セビリア世界陸上選手権マラソンの映像
https://www.youtube.com/watch?v=7J_xhpASvRI&t=12s

酷暑という悪条件で35キロ過ぎまで独走していた佐藤信之
アベル・アントンに抜かれた後も粘って銅メダルを獲得
金メダルのアントンのユニフォームにも注目

878ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/20(日) 03:07:10.40ID:wCxAIG+O
ここまで行く選手とは思っていなかった。

879ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/20(日) 04:39:43.58ID:juvhJOxe
アントンが着用していた旭日旗デザインユニフォームは現在もスペインのプロサッカーなどで使用されている。

880ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/20(日) 08:28:12.68ID:ZTgKiLxE
選手は沿道で応援する人に励まされる。
МGC男子は30人中27人完走

881ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/20(日) 09:15:21.45ID:xMh8SlBE
個人的には五輪のマラソン代表枠は5人でいいと思うんだがなぁ。

882ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/21(月) 01:24:45.57ID:j3sVzdWk
代表枠5人にしたらケニア・エチオピアの独占状況に拍車がかかるだろう。

883ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/21(月) 17:45:12.78ID:t/0DdXL8
ラグビーの日本代表のように数年間実業団で試合出場した外国人選手は日本選手として世界大会に出場させてもいいのではないだろうか

884ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/21(月) 18:24:40.35ID:c7cOybbK
昔、瀬古さんが在日朝鮮人に生まれていたら、という
スレがあった。

885ゼッケン774さん@ラストコール2019/10/22(火) 19:28:36.54ID:5r0rg7yL
無理やりにでも瀬古利彦を五輪の舞台に立たせたい瀬古一派

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