セルジオ越後が池江璃花子選手を批判

「ろくに休みもせず酷なトレニーングばかりしていたら体に異変が起きないこと自体異常だよ」

支那人セルジオ越後の批判は的はずれだ。

2こんな名無しでは、どうしようもないよ。 (ワッチョイ e124-sSdu)2019/02/13(水) 04:51:56.96ID:PaGsiQvK0
>>2ゲットならこの先嬉しい事がたくさん起きる♪

0153 名無しさん@恐縮です 2019/02/14 19:29:53
障害のある方の何割かは日テレの24時間テレビ「愛は地球を救う」が大嫌いだそうです

池江選手のように闘病中の人の何割かも
池江選手の今回の事について複雑な感情を持っていると思う
お金の心配なく、最新の治療を存分に受けられ、世界中の多くの人から心配され励まされ・・・
同じ闘病者なのに自分の置かれてる状況とは全然違うから、
なんか妬ましくなってくるというか・・・・
なのに「池江選手が前向きな闘病姿勢は、同じく闘病している人に勇気を与える」とか
コメンテーターで言う人多いよね。
闘病中という共通項があったって置かれてる環境が全く違う人から勇気なんてもらえません
妬ましい、羨ましいだけ
だから池江報道もう見たくない

0182 名無しさん@恐縮です 2019/02/14 19:48:21
五体不満足で乙武がめちゃくちゃ恵まれた生活を本で自慢して
ふつーの働けない障害者がお前も頑張れと言われたり
子供が絶賛以外許さない感想文書かされたり
なんか似てるね
池江批判が許されない今の状況

支那…?

>>1
■セルジオ越後
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【経歴(自称)】
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1963-1969…コリンチャンス
コリンチャンスの右ウィングとして活躍し、
ブラジル代表候補に内定したが一身上の都合で辞退。
観客は「日本人を出せ!日本人を出せ!」と騒ぎ出す。
エラシコを考案し、リベリーノに伝授したのは自分。
「さわやかサッカー教室」の指導員として
全国各地で青少年のサッカー指導にあたる。
教え子は50万人以上。


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【本当の経歴】
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1964-1965…コリンチャンス(11試合0得点)
1967-1968…トレスポンターノ(ミナスジェライス州2部)
1971    …ブラガンチーノ(サンパウロ州2部)
1971    …パウリスタ(サンパウロ州1部)
1972-1974…藤和不動産サッカー部(40試合6得点)

コリンチャンスで活躍できず1年で戦力外。
州2部のクラブへ移籍するも1年で退団。
その後、ブラガンチーノ/パウリスタに在籍するが1年で辞め日本へ。
指導員資格を取っていなかったため当時問題になり、
賀川浩氏に泣きつき「さわやかサッカー教室」の特別指導員となる。
指導力のないセルジオは子供たちにリフティングを見せるだけ。
教え子50万人以上という数字(自称)は、
資格を持ち全国を回って20年指導していたトム・バイヤー氏の数字。

引退後に解説者の仕事を始めるが
S級・A級どころか、コーチライセンス自体持っておらず
監督経験もコーチ経験もなし。
いつもその時々に目についた選手を批判するだけの「ネタ解説員」。
2017年、日本のために顕著な功績を挙げた人物に送られる「旭日双光章」を
なぜか政府から受け、以降日本を褒める事はほとんどなくなった。


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